心に届く歌
「シエル様、ひとつ聞いてもよろしいですか?」
「はい。なんですか?」
ドクさんは笑う。
イタズラを考える無邪気な子どものような笑顔だ。
「お嬢様のこと、お好きですか?」
「好きですよ。当たり前じゃないですか。
エル様が僕を助けてくれたから、僕は今ここにいるんです」
「そうではなく、異性として、お嬢様のことが好きですか?」
僕は口を噤んだ。
「……好きだなんて、僕に言う資格なんてないですよ。
ドクさんも聞きましたよね。
僕がエル様の言ってくださった『好き』を否定している僕の言葉を。
あんな酷い言葉で傷つけたのに…好きだなんて、言う資格はないです」
「資格以前で、好きですか?お嬢様のこと」
「……好きです」
願わくば、ずっとエル様の隣にいたかった。
使用人としてではなく。
ずっとずっと、彼女の笑顔を隣に立つことで独り占め出来たなら、酷く幸せだと思う。
「でも……絶対に言いません。
現にエル様には婚約者がいるのでしょう?」
「ご存知でしたか」
「アンスから聞きました。
アンスの従兄弟らしいので、エル様の婚約者は」
ドクさんはさっきのイタズラっ子みたいな表情を消し、辛そうな表情を浮かべていた。
どうしてこの人が、傷ついた顔をしているのだろうか。
「僕は恩返しとして、彼女の傍で、彼女に救ってもらった人生を捧げます。
僕に知識も経験も全くないですけど、友達として傍にいたい。
傍にいるだけでどれだけ救われたか、僕は身に沁みて知っています」
真っ暗になった夜。
怖くて、寂しさに凍えていたけど、彼女が傍にいる。
それだけでぬくもりが体だけではなく心にも届いて、何度救われたか。
根拠のない「大丈夫」に、僕の心がどれだけ癒されたか、多分彼女は知らない。
「……気持ちを抑えるというのは、心苦しいものですよ」
「良いんです。
例え辛くても、前に比べたら辛くなんてない。
エル様が幸せなら、笑顔なら僕はそれだけで満足です」
ただ、あなたの幸せだけを願ってる。