心に届く歌
☆エルside☆
「思ったより時間かかったなぁ…」
わたしは重たい、水のはいったポットを両手で抱えて部屋に戻るため廊下を歩いていた。
食料や水などを運んでくれる専用のトラックの運転手が、マスコミに囲まれたとかで。
なかなか食料が入ってこなかったらしい。
ポットを抱え直し、曲がり角を曲がると。
ドンッと誰かに思い切り体当たりする。
勢いで尻餅をつき、ぶつかった人を見ると。
「し、シエル!?」
ぶつかったのはシエルだった。
わたしと同じよう尻餅をついている。
「大丈夫?怪我はないかしら、シエル。……シエル?」
様子が可笑しい。
何より呼吸が荒い。
「はぁっ…はぁっ……ひゅっ…」
「シエル……?どうしたの、シエル」
ポットを廊下に置き触れようと手を伸ばすと。
パシッとシエルの手にはたかれてしまった。
「やめっ……ひゅっ……て……知りたくっ…は、ぁっ…ない……」
「シエルどうしたの?息出来る?」
「嫌っ…だ……ひゅ、ぅっ……はぁっ……」
「シエルしっかりして!シエル!」
額に触れると熱が上がっているように思える。
それに呼吸が少し可笑しい。
「シエルしっかりして!ちゃんと息して!」
「ひゅっ…ひゅぅっ……はぁっはぁっ……」
「誰か!誰かドクを呼んで!早く!!」
運良く誰か使用人の耳に聞こえたようで、背中をさすり声をかけているうちにドクがやってきた。
「シエル様、大丈夫ですから、深呼吸してください」
「ひゅっひゅうっ……はぁはぁっ……」
「ゆっくりで大丈夫ですからね。はい、吸ってー…」
ドク曰く軽い過呼吸だったようで、数分後シエルの呼吸は落ち着いていた。
「っ…ぅっ……エル様っ」
「シエルっ」
ぎゅっと抱きつかれ、驚いたものの抱きしめ返す。
「シエル……どうしたの」
「何でっ……何で僕っ……村で生まれたんだろうっ…。
どうしてっ、伯爵じゃなかったんだろう……!」
「シエル……」
「嫌っ……離れたくないのにっ……。
斜め後ろで見守るなんて……そんなの耐えられないっ……。
見守るだけなら死んだ方が良いっ……!」
「シエル!」
「月の真珠がっ……プーセさんが持っていたんです…!」
「月の真珠を……!?」
確信はないけど、わたしはシエルが隠してきた『あれ』こそ月の真珠だと思っている。
さっき額に触れた時、確かに真珠はあった。
「どうして」
「わかんないっ……。
でもイヴェール様が知って、本当にエルが、俺の元から離れちゃう…!
そんなの許さねぇっ……許したくなんてないっ……。
お願いっ……僕の元から離れないでよぉっ……!」
シエルの口調がバラバラだ。
わたしのことも呼び捨てにしたし、自分を俺と言ったり僕と言ったり。
それほど、プーセが月の真珠を持ってきたことで、シエルの心が不安定になったんだ。
「離れない。離れないから。ね、大丈夫」
「そんな根拠がねぇこと言っても……意味ないよっ…」
「根拠がなくても、信じてて。大丈夫だって」
わたしだって、不安だ。
だけど、シエルがいるなら大丈夫。
わたしはシエルがいるなら、どこへだっていけるし、強くなれる。
わたしはずっと、シエルが落ち着くまで背中を撫ででいた。