心に届く歌







「あっ……こんにちは」




ハッと気が付き、メイドたちのほうを見る。

立ち話をしていたメイドたちに話しかけたのは、シエルだった。

わたしが通販を通じて買った青チェックの服に身を包み、

ドクが買ったスラリとしたジーパンを穿いている。

シエルは細身だし背も結構高いほうだから、ラフな格好がとても似合う。




「あらシエルくん。
丁度あなたの話をしていたの?

ご出発はいつ?」

「今日の夜です」

「これからどうするつもり?」

「アンス・クザンに相談して、落ち着くまでクザン家で雇ってもらえるようになりました」

「良かったわ。
クザン家なら安心よね、お友達だものね」

「はい」




……我が耳を疑った。

シエルが…今日の夜、クザン家に行く?

雇ってもらって、そこで働く?



見るとシエルは、小さな鞄を持っている。

学校の指定鞄で、膨らんでいた。




「それじゃ、そろそろ迎えの時間なので。
お世話になりました」

「待ってシエルくん」



ぎこちなく笑い踵を返そうとしたシエルを、メイドが呼びかける。



「どうしていきなり、お嬢様の傍を離れようとしたの?
お嬢様がご婚約されるから?」

「…………」



シエルは真っ直ぐメイドさんを、長い前髪の向こうの目で見つめ、口を開いた。



「……ここ最近、体調が優れなくて。
ドクさんから、エル様と離れたほうが良いと言われました」

「ドクさんが……?」

「一緒にいるから体調を崩すんだ。
出来ればエル様から離れたい。

とっても失礼な我が儘を言ったら、ドクさんがアンスに声をかけてくれて。

落ち着くまでアンスのもとで過ごした方が良いと……」

「本当に原因は、お嬢様なの?」

「……苦しいから、傍にいるの」



シエルは「それでは」と踵を返し行ってしまう。

わたしは追いかけなかった。



わたしがシエルを苦しめている。

わたしの存在が、シエルの体調を悪くさせている。



「……っ」




こんなに辛いなら、恋なんてしなければ良かった。






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