心に届く歌
「おい貧乏人っ!!」
プーセの声に、シエルが振り向き真っ直ぐ見つめる。
部屋でプーセと向かい合い、怯えていたシエルじゃない。
「勝手に式をぶち壊しているんじゃねぇよ!謝れ!!」
「……プーセ様、お願いがあります」
シエルはハンカチを仕舞った胸ポケットに右手を当てると、腰から頭を下げた。
「僕にほんの少しだけ、時間をください」
「はぁ……?」
「お願い致します」
シエルは国民に向き合うと、同じように頭を下げた。
「皆様にもお願い致します。
僕に、ほんの少しだけお時間をください」
国民は戸惑っていたみたいだけど、「良い」とでも言うように拍手が沸き上がる。
プーセもその拍手を聞き「少しだけな!」と渋々頷いていた。
「シエルくん!」
国民をかき分け、ひとりのおじさんが出てくる。
シエルはおじさんを見て、「あっ」と声を上げ近寄った。
「イヴェール様がいらっしゃらないのです」
「何だって?」
「皆様もプーセ様も、僕に時間をくれると言ってくださったのですが。
肝心のイヴェール様がいらっしゃらなくて…」
「大丈夫だ。もうすぐ来るだろう」
ぽんぽんと慣れた手つきでシエルの頭を撫でる、顎髭が立派なおじさん。
誰この人……とわたしが見つめていると、おじさんはわたしを見て笑った。
「おや!キミがプランタンさんとイヴェールさんの娘さん?」
「そうですけど……?」
「大きくなったね!」
整えられた髪形を崩さぬよう、おじさんはわたしの頭を撫でる。
お父様とお母様を名前で呼んだってことは…知り合い?
でもどうしてシエルとも知り合い?
「そういえば初対面だったね。
キミが赤ん坊の頃に会っていたんだけどねぇ。
私は、シエルくんの伯父さんだよ」
「…………は?」
シエルの、伯父?
シエルに伯父なんていたの?
シエルを見ると、苦笑いをしている。
「もうすぐでわかります。
正直僕も伯父さんだとは思っていません」
「酷いなぁ」
おじさんはシエルの頭を撫でる。
どういうこと?と疑問が溢れていると、国民がかの伝説のように道を開けた。
その道の真ん中を堂々と歩いてくるのは、お母様だった。