心に届く歌
「エル様……一体どういう…」
エル様は笑い、皆さんに聞こえるように話し出す。
「この間弾いていて気付いたの。
ただのピアノ曲だと思っていたんだけど、シエルが歌うあの歌に合わせることが出来るんじゃないかって。
しかも……多分この曲…」
エル様が意味ありげに笑った所で、イヴェール様が来る。
「シエルくん……今の歌どこで?」
「えっと…気付いたら覚えている感じで。
どこで聞いたのか覚えていないんですけど…」
歌詞だって最後の方は意識して出て来たものじゃない。
どこで覚えたのか……知りたい。
「……シエルくんが歌ったあの歌はね、あたくしが作詞したのよ」
「……え?」
「エルのピアノ曲を作曲したのは、エテなの」
「…どういう、意味ですか」
「エルとリュンヌ王国の王子様は、実は同じ日に生まれてね。
あたくしとエテは、お互いの子どもに歌を届けようって決めたの。
あたくしもエテも歌が大好きだったから。
主に作詞をしていたあたくしが歌詞を作って、
作曲をしていたエテが曲を作って、あの歌が生まれたの。
『心の歌』がね」
「じゃあお母様、『心の歌ー裏ー』っていうのは」
「シエルくんが歌った歌のことよ。
繋がりを持たせたくて、表と裏って名付けたのよ」
イヴェール様が作詞し、リュンヌ王国の王子様にプレゼントした歌…。
それを僕が覚えている……。
「しかも『心の歌』は、完成した時に1度ソレイユ王国とリュンヌ王国の国民に聞かせたのだけど、勝手に歌うことも発売することも許されなかったの。
『心の歌』を聞けるのは、エルと王子様の誕生日だけって決まりでね。
でも、ふたりが1歳になる前に戦争が起きて王子様が行方不明になったことで、『心の歌』を聞けたのはたった1度きりだったのよ。
たった1度きりの歌を覚えている人は、一部を除いていないわ」
「じゃあシエルが、その一部なのね」
「恐らくね。
一部は、ソレイユとリュンヌの王と王妃とエルと王子様と、お互いの国の執事長とメイド長だけよ。
……あぁ、ドクくんは例外ね」
「え?ドク?」
エル様と一緒に後ろにいるドクさんを振り返る。
関係者席で僕たちを見ていたドクさんは笑ってこちらへやってきた。
「わたくしの兄がリュンヌ王国で執事長をしておりましたので。
それでわたくしも知っているのですよ」
ドクさんはポケットから1枚の写真を取り出し、カメラに向け、画面に映した。
少し黄ばんでいるその写真には、見覚えのある人が写っていた。
「し、施設長さんっ……!?」
施設長と、黒髪の男性と、間には小さな赤ん坊が写っている。
ドクさんは驚いている僕を見て笑うと、写真を後ろ向きにした。
【××年○月×日
児童養護施設『それいゆ』の前で
施設長・リュンヌ王国王子、シエル・その執事】
「この執事と言うのが、わたくしの兄です。
この写真が送られてきてすぐ、兄はこの後行方不明になってしまいましたがね」
写真の裏に書いてあるリュンヌ王国王子の名前……シエル。
赤ん坊の首には、僕が今首からさげているあのネックレスがさげてある。
「リュンヌ王国国王様と王妃様は、ご子息にお名前を付ける前に亡くなってしまいました。
王子の執事へと任命されていたわたくしの兄は、王子にシエルと名付けたのですよ。
いつかまた迎えに来る時、名前を呼べるように。
この写真と共に送られてきた手紙に、そう書いてありました」
『ねぇ先生。どうして僕の名前はシエルっていうの?』
『それはね、キミをここに連れてきてくれた人が名付けてくれたんだよ。
このお空のように、大きな心を持った人にね』
施設長の声が、昨日のことのように蘇ってくる。
「……僕が」
リュンヌ王国の……王子様。