ポラリスの贈りもの
12、トリガー (引き金)
書店に行った時、あれは雑誌の占い記事だったか、
偶然手に取った書籍を何気なく開いて読んだことがある。
『天体の動きからある条件が整った時、
星はひとつの出来事を引き起こすトリガー(引き金)の役割をする。
その人間が生まれ持った星、人生の縮図という一種の模型を示す星、
その人間に与える影響の星が全て揃った時に、
その人間にとって一つの大きな転機が起きる』と。
物心ついた時から拘束されて育った私には、難しいことは解らない。
けれどそれはある場面、重要な人との巡り合いや真の居場所への旅立ち、
必要不可欠なものや出来事に対し、
引き金を引くように後押しをしてくれるらしい。
私の凍りついた人生という拳銃は本来、
“28年の生涯の終焉”という弾丸を装填していた。
この手でこめかみにそれを突き付け、
自らを葬り去る為に引き金に手をかけて引こうとしていたのに、
偶然その場に居合わせた北斗さんが身を挺して止めた。
じゃあ、あの記事に書いてあったトリガーとは、
私で言うと北斗さんという救世主で、想像を超える新たな道を示し、
引き金を引いたということになる。
冷静に考えれば、今の私に起きていることは理解できるはず。
故郷から1000㎞も離れた東京の地に立っていることも頷けるのに、
ある人物の存在がまたも私の行く方向を変えてしまっている。
これもまた、トリガーとなりうるのだろうか。
あれから二週間後……
(東京都豊島区、とある神社の夏祭り)
夏鈴「あーぁ。
キラちゃんって本当に不器用ね。
もう少し左を狙ったら落せたのに(笑)」
星光「ご、ごめんなさい」
夏鈴「こんなことで謝らないよ。
今夜は楽しみにきたんだからね。
いい?見ててよ。
射的のコツは、コルクを勢い良く出すために、
銃口に出来るだけ押し込むの。
そして、こうやって片手で銃を持って、
腕を伸ばして的に銃口を近づけるのよ」
星光「はい」
夏鈴「狙う場所はあの箱でいうと左上の角。
まともに真ん中を狙っても、的の重さでビクとも動かないからね。
銃口の狙う角度は的の左上で、対角線上にみて、
銃は右下から狙うとより欲しい商品を落とすことができるわけ」
パン!(コルクの音)
店主「大当たり!お姉さん、うまいね」
夏鈴「どもっ!
ほらねっ。これでポイボスのフィギュアをゲット!」
星光「仲嶋さんってすごい!
なんだか達人って感じ。
でも、ただのゲームなのにそんなに熱く語らなくても(笑)」
夏鈴「何言ってるの。
ただのゲームじゃないわよ。
それに仲嶋さんじゃなくて、夏鈴(かりん)でいいって言ったでしょ」
星光「はい(笑)夏鈴さん」
夏鈴「キラちゃん、出店の射的を甘く見ないよ。
これはある種の人生トレーニングなんだから。
なんでも真剣にやってこそ意義があるし、
何でもうまくやるにはコツがあるんだからね。
恋愛も射的と同じで、狙った獲物はそう簡単に諦めないの。
“射的の道は人生に通ずる!”よ」
星光「えっ。
(射的って人生に通ずるの?)」
夏鈴「もう。鈍感なんだから。
何故、私がキラちゃんを夏祭りに連れてきたかわかる?」
星光「それは、私がここにきて間がないし、
元気づけてくれるつもりで誘ってくれたんじゃあ……」
夏鈴「そりゃ、寮ではそう言ったけど、それだけじゃないわよ。
まだあのカメラマンさんに連絡してないでしょ?」
星光「はい……してません。
だって大切な女性が居るみたいだし」
夏鈴「あれだ。それはキラちゃんの思い過ごしだと思うから、
やっぱり、今すぐにでも会いにいった方がいいって思うわ」
星光「えっ。今すぐにでもって……」
夏鈴「私、何度も言ってるでしょ?会うべきだって」
星光「でも。もしあの女性が奥さんだったら、
彼に迷惑がかかるから」
夏鈴「あのさ、冷静に考えてごらんよ。
ラブラブで大切な彼女や奥さんの居る人が、
自宅や会社の連絡先をキラちゃんに教えると思う?
邪魔さえ入らなければ、一緒に東京に連れて行こうとしてたんでしょ?
しかも、もしもの時の為にって、
貴女のこと同僚にまで話してるのよね」
星光「そ、それは、本当かどうかわからないし」
夏鈴「あーっ!
もう、どうしてそんなにネガティブ思考なのかな。
だから。それも含めて確かめに行こうって言ってるんじゃん」
星光「私……彼のことはもう諦めようって思ってるからいいんです。
元々私みたいな人間には雲の上の存在みたいな人だったし(笑)」
夏鈴「私、今のキラちゃん嫌いだな」
星光「えっ。何故ですか……」
夏鈴「私の前では素直に何でも話すって約束したのに、
平気で嘘を言ってるから。
キラちゃん、毎日写真集抱えてベッドで泣いてるでしょ」
星光「あっ」
夏鈴「私が知らないとでも思ったの?
諦めがついてるなら涙なんか流さないでしょ。
会いたい気持ちや好きな気持ちを誤魔化してるから泣きたくなる。
恋愛経験多い方じゃないけど、私だってそれくらいは解るわ」
星光「……」
夏鈴「今のキラちゃんにそんなこと言っても頑なだと思ったから、
実は私が恋の射的を用意しました!」
星光「夏鈴さん。あ、あの、射的って……」
夏鈴「今日の祭りには大イベントがあってね。
その先の神社の神殿館に特設会場があるのよ。
そこで写真家さん達の展示会があって、主催はスター・メソッド」
星光「えっ(驚)」
夏鈴「ほらっ。ここに“神の道写真展”って書いてある。
しかも見てよ、参加してる写真家の名前。
浮城陽立(うきしろひたち)、
北斗七星、摩護月(まごつき)カレンって、
しっかりキラちゃんの彼の名前があるでしょ?」
星光「本当だ……
(北斗さんの名前だ)」
夏鈴「鋭い私の推理によるとですね、展示会は今日が最終日だから、
きっと本人がいるんじゃないかって思うわけです。
だから行かない手はない!
キラちゃんが諦めずにそこに狙いをつけて突進すれば、
北斗さんと会えるチャンス大ってわけよ。
正に射的!今度こそ狙った獲物はしっかり掴むべし」
星光「まさか、このために今日お祭りに誘ってくれたんですか」
夏鈴「まぁ、そうとも言うけど。
細かいことは気にしない気にしない!
私がキラちゃんの傍に居るから何も怖くないわ。
一緒に行こう(微笑)ねっ!」
星光「夏鈴さん。ありがとうございます。
本当に……」
夏鈴「もう!泣くのはまだ早いし、お礼言うのも彼に会えてからね(笑)
キラちゃんは今日から『脱、泣き虫&ネガティブ体質』ね。
あっ!もうこんな時間だわ。
早く行かないと展示会終わっちゃう!
キラちゃん、行くよ!」
星光「はい!」
腹立たしくなるくらい臆病な私の心に、明るい未来という弾丸をこめて、
引き金を引く勇気をくれる夏鈴さん。
もう諦めかけていた恋に、もう一度的を置いてくれたのだ。
夏鈴さんはまるで自分のことのようにはしゃぎながら、
私の手を引いて神社境内横にある展示館に続く石畳を小走りに走る。
神殿館の外観が見えると同時に、北斗さんに逢える期待感が私を襲って、
胸の高鳴りを痛いくらい感じる。
しかし……
その頃、私の知らないところで幾つかの不穏な動きが起き始めていた。
(CCマート社員寮“幸福荘”)
トッルルルルルル……(固定電話の着信音)
店長「CCマート“幸福荘”岡崎です。
……えっ、警察?
……はい、濱生はうちの社員ですが……
はい……はい……車?……
あの、今本人は外出しておりますし、
詳しくは確認してみないと私では何とも……
はい……そうなんですか……わかりました。
……こちらで確認をしますので。
はい……はい、わかりました。
失礼いたします……
ふーっ。しかし警察からって。
こりゃあどうすべきか。
どちらにしても、早く星光ちゃんに知らせないといけないな。
えっと、夏鈴の携帯番号はっと」
突然かかってきた警察からの電話に動揺を隠せない岡崎店長は、
直様、夏鈴さんの携帯に連絡をする。
なかなか出ない彼女の携帯はバックの中。
夏鈴さんも私もそんなことはお構いなしに神殿館へ向かっていた。
そしてその神殿館では、
スターメソッドの写真家さんたちが会場で慌ただしく動いていた。
特に、今回の写真展のリーダー浮城さんは、
売上と写真評価が気になるようで、そわそわと落ち着かない。
(神社神殿館、写真展会場)
浮城 「ラスト30分!
おい、カズ。お前の方はどう?」
七星 「ん?どうかなぁ。
僕は時間ギリギリまでやるかな」
浮城 「なんだよ、俺は売り上げの話してんの。
もったいぶって。
カレンはどんな調子?」
カレン「うふっ(笑)浮城ちゃん、みっともないよ。
この道一筋、10年選手の貴方が、
こんな小さな街の展示会で女々しく競い合うなんて。
私は半年前から『sexual』を書店にも出してるからね。
ここでは本腰入れてないから、
今日の写真展は骨休めってところかな」
浮城 「あーっ、ヤダヤダ!
また始まったよ、カレンお嬢のナルシシズムタイムが。
美女のヌード写真と全国の神社の写真じゃ、
ボインのお姉ちゃんが勝つに決まってるだろ」
カレン「それは被写体選びとセンスの問題よ。
それにまったくジャンルも違うでしょ」
七星 「あははっ(笑)陽立、お前の負け」
浮城 「はいはい。
お前たちはいつもそうやってグルになって俺を侮辱するんだ。
いいさ、ふたりで仲良くやってろ。
俺はタバコ吸ってくる」
カレン「もう。すぐむくれるんだから。
どうにかならないの?あの性格」
七星 「今更どうにもならんね。
それにむくれるのは、陽立がカレンに惚れてるからだろ。
だから突っかかる。
可愛いもんじゃないか」
カレン「ううん!まったく可愛くなんかないわよ。
惚れてるなら優しくしなさいっていうの。
小学生か中学生の恋愛下手な男の子が、
好きな女の子にワザと意地悪して気を引くみたいなことして。
そういうの、女には逆効果なんだから」
七星 「そうかなぁ。僕はそういうのもありだと思うが」
カレン「その点、カズは優しいでしょ?
だから私は大好きよ」
七星 「どうかな。
僕は陽立より冷酷な男かもしれないぞ」
カレン「いいえ。そんなことは絶対にないわ」
七星 「お、おい(焦)何やってる。
まだ客も来るし、すぐ陽立が戻ってくるぞ」
カレン「しーっ!Please be quiet」
七星の唇を人差し指で押えるカレンさんは、
ロングヘアをかき上げて北斗さんの傍に近寄る。
そして椅子に腰かける彼の前に行くと、
ゆっくり跨ぐようにして、彼の腿の上に向かい合わせに座った。
両腕を北斗さんの首にまわしてしがみ付き、
その姿は妖艶でセクシー、とても私なんかとは比べものにならない。
そんなショッキングな光景が私達を待ってるとは知らずに、
私と夏鈴さんは笑顔を浮かべながら、
写真会場の受付に到着したのだ。
(続く)
この物語はフィクションです。