ポラリスの贈りもの
71、夢のような4つのサプライズ(後編)

私は少し照れながら彼の手を握って、寄り添うように並ぶと、
北斗さんはヒールの足元に気を配りながらゆっくり歩いてくれた。
小道を進んで木々の間を通っていくと、視界が開け広い場所に出る。
綺麗に並んだ石畳の先に大きな鳥居が見え、
私はやっとここが何処だか理解したのだ。
北斗さんが私を連れてきた場所は、彼が去年写真展を開いた神社。
私たちが再会したあの神社だ。
会場になっていた神殿館が取り壊されていて、
この景色を見るまで気がつかなかった。
懐かしさに浸りながら手水舎で手を清め、
神門をくぐり拝殿にたどりつくと、
二人並んで拝礼し拍手を打って参拝する。
背筋を伸ばして目を瞑り、
手を合わせる北斗さんをちらっと横目で見ながら、
私もゆっくり目を瞑って手を合わせた。


神様……
七星さんとまた逢わせて下さってありがとうございます。
この良き日に感謝いたします。
七星さんは、神様にどんな思いで手を合わせたのでしょう。
やっぱり、私たちが再会できたことのお礼ですか?


手を下ろし拝殿に一礼した彼は、
私を見ると微笑んで何も言わずに再び手を繋いだ。
先ほど通った石畳を歩きながら駐車場へと向かう。
しかし彼は大鳥居をくぐったところで急に立ち止まり、
じっと何かを考えるように、道の先をぼんやり見つめている。
私は不思議に思い、右側から北斗さんの顔を覗き込んだ。


星光「七星さん?どうしたの?」


すると北斗さんは私の問いかけには答えず、
柔和な眼差しを向けて私の手を力強く握り締め、
自分の方へ引き寄せると、
大鳥居の石柱に私の身体を押し付け動きを止めたのだ。
あの夏祭りの日のように。


足を止める参拝客の驚いた視線を感じて、私の頬がどんどん熱くなる。
そんな周りの空気などお構いなしに、
北斗さんの大きな手は私の頬に触れ、
すぐさまソフトな唇で私の紅潮する頬にキスをした。
そしてその唇は耳へとすべるように移動する。
彼の大胆な行為にどきどきしながらも、
翻弄されてしまいそうなほど甘く優しい囁き声が耳元で聞こえると、
私の身体の力は徐々に抜けていく。


七星「星光ちゃん」
星光「はい」
七星「話したいことがあるんだ。
  僕の話を聞いて?」
星光「うん
  (このシチュエーションは……)」
七星「君に出逢えて本当によかった。
  去年、この神社であった夏祭り。
  僕たちが再会したこの神社を忘れたことは一度もなかった」
星光「あっ(もしかして)」
七星「あの日もずっと待ってた。
  君からの連絡をずっと待ってたんだ。
  フランスに行ってからも、
  気がつくと居るはずのない君を探している自分が居て、
  カメラを構えていても、ずっと逢いたいと思ってた」
星光「うん」
七星「あの時ここで、逃げる星光ちゃんを追いかけて、
  引き寄せて抱きしめたのも、離したくないと思ったからだ。
  そして僕が震えていたのは、
  君をこの手にやっと抱きしめることができたから」
星光「七星さん?
  もしかして、病室で私が言ってた独り言を……」
七星「ああ。思い出した」
星光「嘘……」  
七星「嘘じゃない。
  本当はあの時、君にkissしたかった。
  福岡のあの岸壁に立った時もそうだ。
  僕も人生初の一目惚れで、逢えば逢うほど君を好きになって、
  触れれば触れるほど息ができなくなるくらい苦しくなった。
  ジェラシーを感じてくれるほど、
  僕のことを思ってくれてたんだね」
星光「うん……本当に、聞いててくれたのね」
七星「ずっと星光ちゃんの傍に居たいと思ってた。
  それに君の傍に誰かが居るだけで、情けないが嫉妬心も沸いてきた」
星光「七星さん」
七星「でも…君に拒否られるのが怖くて、
  嫌われたくなくて何も言えなかった。
  遠回りはしたけど、誤解もすれ違いもたくさんあったけど、
  僕たちは同じ気持ちを抱いたまま、お互いを見ていたんだ。
  今までずっと、辛い想いをさせてしまってごめんな」
星光「ううん。私こそ、今まで素直になれなくてごめんなさい」
七星「星光。結婚しよう」
星光「うっ……
  はい。宜しくお願いします」
七星「心から愛してるよ」
星光「うん。私も七星さんを愛してる」
七星「もう離さない……」


お天気の神様が、囁き合う私たちの姿を見て、
ムード演出してくれたように降りだした通り雨。
太陽光に照らされた雨粒は七色の光を放ち、
空いっぱいに大きな虹の橋を2本かけた。
あの日の再現フィルムのように、
雨にぬれながら重なる二人が脳裏に蘇り、
湧き上がる懐かしさが、想いを放った私たちを包み込む。
細く柔らかな私の髪に北斗さんは顔を埋め、
ぽつりと呟くと、私の唇に軽く触れるKissをした。
そして一度離れて私を見つめ、再び彼の唇が私の唇に合わさると、
全身に幸福感が駆け巡り、互いの体温と心臓の鼓動、
震えるほどの喜びを感じながら、心地よいKissに私の心は溶かされる。
人も疎らになった神社の片隅で、北斗さんがくれた3つ目のサプライズ。
それは、昏睡状態の彼に語りかけた言葉のお返しと甘いプロポーズだった。
私たちは再び車に乗り、北斗さんは車を発進させた。
神社の駐車場を出ると、根岸さんと夏鈴さんたちの待つパーティー会場、
“VOWS GARDEN(ヴァウズ ・ガーデン)”へ向かったのだった。



それから一週間が経ったある日。
私は北斗さんのマンションへ引越しをした。
引越し業者さんの手によって手際よく荷物が運び込まれ、
あっという間に空っぽのフロアにはダンボールが積み上げられた。
私も、部屋に入ると肩からかけていたバッグを下ろし、
安堵の溜息をひとつつき部屋を見渡す。
荷物が全部運ばれて、業者さんが引き上げると、
北斗さんも軍手を取り、キッチンで手を洗いリビングにやってきた。


(東京都新宿区北新宿。星光のマンション)


星光「七星さん。お部屋、綺麗にしてるんだね」
七星「いつでも星光がここへ来れるようにしておいたんだ」
星光「ありがとう。すごく嬉しい」
七星「後で、奥の部屋のクローゼットに荷物入れるといいよ」
星光「うん」


私はひとつひとつ部屋を見渡す。
リビング、キッチンにバスルーム、そして寝室。
今日からここで七星さんと一緒に眠るんだと実感する。
ベッドをじっと見ていると、
北斗さんは後ろから抱きしめて私の耳元で囁いた。


七星「ポイボスのクッションはないぞ」
星光「えっ!?
  あーっ!そんなことまで覚えてたの?」
七星「流星のお喋りめ。
  至らないことまで、星光に話すんだからな」
星光「はい!?でも、寝る時にいつもポイボスクッション、
  ぎゅっと抱きしめて寝てるんでしょ?」
七星「いやぁ」
星光「もしかして、あの中?」

私がクローゼットへ近づこうとすると、
彼は慌てて私の手を掴み、じゃれ合うようにベッドへ押し倒した。
そして私を見下ろし、優しい眼差しを向ける。


七星「だめ。あそこは立ち入り禁止」
星光「クローゼットにポイボスを隠してるから?」
七星「んー。そう」
星光「うふっ(笑)
  七星さんってクールでかっこいいのに、とってもおちゃめ」
七星「そういう星光だって、ハイド伯爵が好きなくせに」
星光「あぁ!?そんなことまで聞いてたんだ!」
七星「ハイド伯爵の隠れファンさん。
  僕とハイド伯爵、どっちがいいんだ?」
星光「えーっと、んー。そうねー。それはー」
七星「なんだよ。
  悩むくらいハイド伯爵がいいのか?」
星光「ううん。七星さんがいい」
七星「即答じゃないのが引っかかるな」
星光「何妬いてんの?
  アニメのキャラクターで架空の人物じゃない」
七星「いいや。星光は僕に言ったんだ。
  『ハイド伯爵がポイボスを壁に押し付け、
  顔を近づけると想いを告げて、
  押しつけるようなキスをした後に振り向かず立ち去るシーン』
  あのシーンがいちばん好きだったって」
星光「あっ」
七星「それって実写版のシーンだろ?
  アニメではそういうシーンはない。
  実写版でハイド伯爵をやったのは、
  うちの俳優の新藤(にいふじ)あきらだぞ。
  そんなにあいつがいいんだ」
星光「やだぁ。七星さんったらムードぶち壊し(笑)」
七星「星光はムードが欲しいのか?」
星光「あははっ。まだ引越しの片付けが残ってるね」
七星「そんなの後でいい」
星光「えっ……」


私は彼の誘惑的な視線に見惚れていた。
すると北斗さんの唇は、ひとつひとつ二人の想い出を語りながら、
おでこに、まぶたに、頬に、首に、そして唇にと、
愛おしむようにたくさんのkissを私にくれたのだ。
それは私にとって、映画のワンシーンのような美しいkissでもあった。


七星「これは夏井ヶ浜の岸壁で一目惚れしたKiss。
  これは、福岡空港のロビーで連れていけなかった後悔のkiss」
星光「あっ」
七星「これは、糸島の玄界灘の見える丘で芽生えた恋のkiss。
  これは幸福荘横の公園で……そしてこれは、
  勝浦のおせんころがしの見える丘で気持ちを押し殺したkiss。
  最後に、根岸のランクルの中での燃え上がるkiss」
星光「七星……」


私を見下ろす北斗さんのふたつの瞳はいつもより優しげ。
私たちは暫く見つめあい、
互いの瞳に欲情の火が灯ると再び吸いつくようにkissをし、
私を丸ごと飲み込むような深いKissへと変わっていく。
触れ合える感動で言葉をなくした私を、北斗さんは抱え込むように抱きしめ、
彼の大きな手と柔らかな唇は私の首へ、ふたつのふくらみへ、
そして仰け反る背中へと彷徨い、身体中を探求する。
ベッドの上で行く場を探す私の左手に、彼の右手が重なり、
ハートが破裂しそうなほど愛され、二人熱くなった身体で絡み合う。
私は北斗さんの髪を両手で触れ抱きながら、愛される喜びに涙がこぼれた。
吐息と共に骨の髄まで蕩けそうなほどの深い愛を与えられた私は、
愛おしい彼の腕の中で昇りつめ果てた。
こうして遠回りをして、
いろんな問題を克服した私と北斗さんは結ばれたのだった。

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