ポラリスの贈りもの
18、込み上げる想い
思いがけずに湧いた実の両親の存在。
写真に写る笑顔の両親と小さな私に、当然ながら記憶はない。
けれど、私の本能が真実を感じ取ったのか、
なんの疑いもなく二人を両親だと信じさせた。
だからこそ言われようのない涙が留まることなく頬を伝う。
風馬の話を聞いていた夏鈴さんは気を利かせてくれて、
先に部屋に戻っていった。
応接室で風馬と二人きりになった私は、
涙顔というのもあり、なんとなく気まずくて言葉がでてこない。
一方、風馬はとても安心しきった穏やかな顔で、私を見つめて話し出した。
風馬「星光の親父さんが何をしてるのかは知らないけど、
お袋さんは都内の総合病院で看護師をしているらしい。
病院の名前までは解らなかったけど、
星光がその気になればすぐ見つけられるはずだよ」
星光「風馬。どうして私の両親のことをこんなに知ってるの?
写真や母の居場所まで、どうしてわかったの?」
風馬「俺のお袋とお前のお袋さん、同級生で親友だったらしいんだ。
それで、妹さんの連絡先を知ってて聞いたんだよ。
星光「そうだったんだ……」
風馬「星光。もし、お袋さんに会いたいなら俺が一緒について」
星光「そんなこといきなり言われても、どうしていいのかわからない。
風馬がここに居ることだってびっくりなのに、
両親のことなんて、まだどうしていいかも考えられないわ」
風馬「お前さ。あの北斗って男とはどうなっとると。
もしかしてまだ会えてないのか」
星光「いいえ。北斗さんとは逢えたわ」
風馬「そっか。じゃあ、うまくいってるんだな」
星光「そんなこと、風馬に関係ない。
私のことより風馬だって店はどうしたの?
風馬が居なかったらおじさん、おばさんが困ってるでしょ?」
風馬「実家にはひさっちが居るから俺が居なくても店は大丈夫だ」
星光「そう……
寿ちゃんとそういう仲になってたんだね」
風馬「お前に会うためには、あいつと結婚する約束をした。
そうでもしなきゃ、ここに来れなかっただけたい。
俺は星光があの男とうまくいったのを見届けたら福岡へ帰る。
それでひさっちと一緒になるんだ……」
星光「何だか、嫌だな。
そういう交換条件みたいなの」
風馬「はぁ?」
星光「私の為?うまくいくのを見届けるってどういうことよ。
風馬ったら意味わかんない。
いつもそうだよね。
何でもかんでも私の為になんて、
そんな無責任なこと言わないでほしいわ」
風馬「星光!」
私はデスク上にあった両親の写真や資料をそのままにして、
応接室から急いで飛びだした。
寿代と風馬が一緒になるって聞かされて何故か動揺してしまった。
子供の頃から今まで、私が辛い時や不安な時は、
たえず傍で見守ってくれていた風馬が、急に遠い存在に感じたんだ。
こうやって遥々東京まで私を探して会いに来てくれたことも、
心の底では嬉しく有り難いって思ってる。
でもこれって、本来は矛盾しているかもしれない。
大人げなく情けないことだけど、
北斗さんとコンタクトがとれない不安からイライラが募る。
そのせいなのか、風馬の存在を無意識に求めてしまっているのは事実で、
いつも一人ぼっちだった私が、いつのまにか身に着けてしまった活路。
浮き足立つ感情を誤魔化しきれなくなった私は、
これ以上風馬と話すのが辛くて逃げたのだ。
部屋に戻ると、私を心配して待っていた夏鈴さんが優しくハグしてくれて、
彼女の「キラちゃん、大丈夫?」のひと声に、
抑えきれなくなった感情が一気に吹き出し、大粒の涙がこぼれたのだった。
(CCマート社員寮“幸福荘”星光・夏鈴の部屋)
その夜、久しぶりに北斗さんのフォトブックを開く。
不安だったとき、いつも北斗さんのメッセージと、
彼の人柄溢れる写真に心救われていた。
小さく震える指先で読みかけのページをゆっくり開いて、
薄暗いベッド脇の明りの下で食い入るように見る。
不安な心を彼の言葉に慰めてもらいたくて…
(『君を訪ねて……』P7)
『真正面で見えなかったら 角度を変えてみてごらん
上から覗き込んだり うしらから眺めてみたり
バスの天井に文字があるのか
後ろ姿のあの人は 笑顔なのか泣き顔なのか
正面からではわからないように
ぼんやりとしている出来事も鮮明にみえてくる
恋も仕事もおんなじだ
その人物と向かい合わせにみるだけでなく
側面からみつめてみることで
きっと見えない真実がみえてくる』
星光「見えない真実……
私も北斗さんを側面から見たら、
本当のことが見えてくるの?」
フォトブックを胸に抱きしめて目を瞑り、
必死で北斗さんの顔を思い出す。
その時、静まりかえった部屋に私の携帯着信音が鳴り響いた。
その電話の主は……
星光「もしもし」
七星『星光ちゃん?夜分遅くにすまない。北斗だけど』
星光「北斗さん……」
七星『連絡遅れてごめん。もう寝てた?』
星光「いいえ、いいえ……」
七星『もしかして今日の日中、僕の携帯に連絡入れたかな?』
星光「はい、何度かご連絡したんですけど、
電源が入っていないってメッセージが。
きっとお仕事で忙しいんだろうなって思ってました」
七星『やっぱりそうか……
(しかし何故携帯がOFFになってたんだ。
着信が入ってないってどういうことだ?まさか……)
言い訳がましく聞こえるかも知れないけど、
実は携帯の調子が悪いのか電源がいつの間にか切れててね。
電話してくれるように言っておきながら申し訳ない』
星光「そんなこといいんです。
こうやって連絡くれただけで嬉しいから」
七星『君にはたくさん話したいことがあって。
前に話してた仕事のことや住まいのこともだが、
とにかく会いたいんだ』
星光「はい」
七星『明日の仕事は?』
星光「明日はお休みだから時間はとれます」
七星『そう、だったらよかった。
じゃあ、明日15時にJR池袋駅西口のアック前で待ち合わせよう』
星光「はい!わかりました。15時ですね」
七星『会えるの楽しみにしてるよ』
星光「私も、楽しみにしてます」
七星『じゃあ、また明日。おやすみ』
星光「はい。おやすみなさい……
はぁーっ。やった!北斗さんとやっと会える。
何を着て行こうかなぁー」
20分前、ベッドに寝そべって泣きべそかきながら、
落ち込んで写真集を広げていた悲劇の人物は何処へやら。
私はベッドから降りると、ベッドの下の引き出しを開き、
にんまりと微笑んで数少ない洋服をごそごそと引っ張り出す。
北斗さんとの会話と怪しい私の動きを、
カーテンの向こうの夏鈴さんは布団の中で察していて、
黙ったまま、私の浮かれた独り言を聞いていたのだった。
(JR池袋駅西口、ファストフード店アック前)
翌日、14時半すぎ。
私は待ち合わせより早い時間に池袋駅に到着した。
薄いピンクのフリルワンピにシースルーボレロを羽織り、
ショーウィンドウに写る自分の姿を眺めてうふっと微笑む。
まるで彼氏の到着をどきどきしながら待ちわびる心持。
北斗さんがもうすぐここに来ると思うだけで、自然と笑顔になる。
そんなそわそわ落ち着きのない私だったけど、気がかりなことがあった。
風馬のことも気になってはいたが、
今朝、仕事に出かける前の夏鈴さんの態度がいつもと違っていたのだ。
部屋で「おはよう」と声をかけたけど「おはよう」と一言いったきり。
朝ごはんを食べていても、向かいに座る私を見ることもなく、
彼女は終始無言で、食べ終わると何も言わずに出勤していった。
星光「私、夏鈴さんを怒らせるようなこと何かしたかな……」
慌ただしく行きかう人たちをぼんやりと見つめていると、
お待ちかねの優しい声が私の背後から聞こえた。
七星「星光ちゃん。お待たせ」
星光「北斗さん!」
七星「やっと会えて嬉しいよ」
星光「はい。私も嬉しいです」
七星「今から、不動産屋に行ったあと携帯ショップに寄って、
それが終わったらうちの会社にも行くからね。
短時間であちこち回るからちょっとハードだよ。
大丈夫かな?」
星光「はい。大丈夫です」
七星「そっか。それが終わってからデートだな(笑)」
星光「デート(照)」
七星「よし、行こうか」
星光「はい(微笑)」
北斗さんは歩き出すと同時に私の右手を握って、
話しながらエスコートするように駅裏の駐車場に向かった。
『デート』というフレーズと、
彼の横顔を見た途端、私のハートはキュンとなり、
やっと願望が現実になるんだと込み上げる想いを実感する。
駐車場に到着し、北斗さんの車に乗り込もうとしたとき、
幸せ色のひと時を引き裂くように、
北斗さんの携帯がバイブと共に鳴りだした。
彼は上着のポケットから携帯を取り出し、
着信を見ると受話ボタンを押す。
それまで穏やかだった北斗さんの表情は一変、
とても驚き険しい顔に変わる。
彼の応対する声からも、
一大事が起きたことは察することができたけど、
何かに怯えているようにも感じとれた。
彼の側面が垣間見えた瞬間でもあったのだ。
七星「もしもし……
はい、そうです……えっ!?……」
(続く)
この物語はフィクションです。