ポラリスの贈りもの
26、予想外の展開
仕事を終え疲れた足取りの夏鈴さん。
幸福荘の玄関を無言で入り、
じっと二階への階段を見つめて、
思いつめた様に立ち止まっていたけれど、
一度大きなため息をついて、部屋には上がらず食堂に入っていく。
マグカップを取り、ポットに入ったホットコーヒーをつぐと、
食堂出入り口に近いテーブルに腰かけた。
夏鈴「はぁーっ。なんなのよ。
いきなり惚れたなんて言われても、ね。
浮城陽立って……」
<夏鈴の回想シーン>
(豊島区南長崎町、スーパーCCマート内事務所)
浮城「だから!星光さんもそうだけど、夏鈴さんも、
少しは他人の話をちゃんと聞けよ。
カズの身内が倒れて大変だったんだよ。
それと同時に、カズの弟も帰国したから揉めに揉めてるし」
夏鈴「えっ?身内って誰?
まさか、あの弟の奥さんとかいう人のことかな」
浮城「そうだよ」
夏鈴「でもだからって、
なんでキラちゃんがあんなに取り乱して泣くわけ!?」
浮城「なんか。やっぱ夏鈴さんっていいなー」
夏鈴「へ?」
浮城「俺のタイプだなぁー。
押しの強いところとか、そうやって詰め寄ってくるところ」
夏鈴「もう!(焦)そんなことどうでもいいから、
キラちゃんと北斗七星に何があったか、
私にも分かる様に説明してよ!」
浮城「しょうがねーなぁー。
全部話したら俺とつきあってくれる?」
夏鈴「もう!こっちは真面目に話してるのよ!」
浮城「いてっ!叩くなよー」
夏鈴「バカじゃないの!?
何、その交換条件!
なんで私が貴方みたいな人と付き合わないといけないのよ。
私はね、おちゃらけた女好きのカメラマンなんかに興味ないの!」
浮城「あのさ!さっきから何なんだ。
その、人を馬鹿にしたようなフレーズ!
“紳士ぶってる贅沢バカ男”とか、
“おちゃらけた女好きカメラマン”とか。
君はかなりカメラマンに偏見をお持ちのようで、
昔の男がカメラマンで大失恋したとか?」
夏鈴「えっ!?」
浮城「それとも女心かな。
心とは裏腹で、本当はカメラマンに興味津々とか?」
夏鈴「う、うるさいわね。
私が過去に誰と付き合おうと貴方に関係ないでしょ!?」
浮城「ん……もしかして図星だった?」
夏鈴「私の過去のことなんか、今どうでもいいの。
早く北斗七星のこと話しなさいよ!」
浮城「あ、ああ」
痛いところを突かれてバツが悪くなったのか、
困ったような居た堪らないような顔の夏鈴さんを覗き見る。
しかし、友達を思う彼女の真剣さに心打たれたのか、
北斗さんと涼子さんに何があったのか掻い摘んで話すことにした。
夏鈴「そっか……そういうことがあったんだ。
北斗七星は何もなかったんだ、弟さんの奥さんとは」
浮城「当たり前だろ。
カズはそんな節操のない男じゃないよ。
まぁ、俺以外あの場にいた人間はみんな疑ってたけどな。
あいつさ、弟の流星から預かった金は一銭も使わずに、
涼子ちゃんの治療費から生活費まで全部面倒みてるんだぜ」
夏鈴「治療費から生活費まで全部を……」
浮城「その当時、カズには付き合ってた女性が居たんだけど、
涼子ちゃんがカズの家に来たのがキッカケで別れてしまってさ。
流星が涼子ちゃんの許に戻ってくるまで、
誰とも恋はしないって、
うちの社長からの縁談話まで蹴りやがってさ」
夏鈴「えーっ!そうなんだ。
北斗さんってそんな人だったんだ……どうしよう。
私ったら、キラちゃんに申し訳ないことしたかも」
浮城「えっ、申し訳ないことって?
彼女に何したの」
夏鈴「北斗さんが弟さんから奥さんを奪って、
優しくして彼女をその気にさせてる。
カレンって女とも付き合ってる上に、
キラちゃんにまで手を出そうとしてるって。
だから私は彼を信用できないって、
キラちゃんに強く言っちゃったの」
浮城「それはひどいなー」
夏鈴「でもそれ、夏祭りの写真展で浮城さんから聞いた話を言ったのよ」
浮城「はぁ!?そんな説明、俺はしてないぞ」
夏鈴「うん。私の勘違い。
そのせいで、キラちゃんと北斗さんの仲が駄目になっちゃう」
浮城「ふっ。威勢がよくていつもは強気なのに、
そういういじらしいところもあるんだな。
いつもそうなら、むっちゃいい女なのにな」
夏鈴「……」
浮城「大丈夫だよ。もう俺が手を打ったから」
夏鈴「(浮城を凝視)手を打ったって?」
浮城「殴られてここに通される前、カズに電話したんだ。
星光ちゃんが大変だから早く来てくれってね」
夏鈴「えっ」
浮城「今頃血相変えて、飛んで逢いに行ってるんじゃない?(笑)」
夏鈴「えっ……貴方って一体」
浮城「俺もカズも、惚れた女に何かあれば何をさておき飛んでいく。
例えば、君の元彼のカメラマンが、
どんな男だったかは知らないけどね」
夏鈴「な、何故私の元彼がカメラマンだって思うのよ」
浮城「だから例えばね。
俺たちはそいつとは違うから安心して」
夏鈴「安心してって、どういう意味よ」
浮城「鈍感だな。自分のことになると何もわからなくなるのかい?
単刀直入に言うと、俺は夏鈴さんに惚れたって言ってるんだ。
夏鈴さん。もう前の男なんか忘れろって」
夏鈴「だから、どうして……もう!」
浮城「俺の胸、貸そうか?」
浮城「いい!それに、本当に色気ないんだから。
なにもこんな小汚い職場の事務所でそんなこと言わなくても。
本当、女心が解ってないんだから」
浮城「へ?じゃあ、いつ何処でならいいんだ?」
夏鈴「日を改めて、もっと別の場所で聞かせてよ……」
浮城「おお!それは遠まわしにデートに誘えって言ってるのかな?
よし!今度の休みに連絡するからデートしよう!」
夏鈴「(この人、マジで言ってるの!?)」
(CCマート社員寮“幸福荘”食堂)
夏鈴さんは食堂の椅子に腰かけ、
テーブルの上のマグカップを持ったまま、
ぼーっと一点を見つめて、浮城さんとのことを考えていた。
そこへお風呂を終えた風馬が入ってくる。
風馬は夏鈴さんに声をかけながら肩をぽんぽんと叩いた。
風馬「夏鈴さん、お疲れ様です」
夏鈴「風馬くん。お疲れ様……」
風馬「さっきは本当にすみませんでした。
ここ、いいですか?」
夏鈴「え、ええ」
風馬「あれから浮城さん大丈夫でしたか?
店長が外出中だったからよかったけど、
本当なら始末書もんですよね。
浮城さん、俺のこと何か言ってましたか?」
夏鈴「……」
風馬「夏鈴さん?」
夏鈴「……」
風馬「夏鈴さん!」
夏鈴「は、はい!」
風馬「どうしたんですか。浮城さんと何かあったんですか?」
夏鈴「えっ!な、何もないわよ。
すべては滞りなく順調にいってるわよ」
風馬「えっ(笑)なんかおかしなこと言ってるな」
夏鈴「わ、私のことより、風馬くんこそどうなった?
キラちゃんどうだった?」
風馬「えっ?どうだったって。
夏鈴さん、まだ星光と話してないんですか」
夏鈴「うん、まだ。今さっき店から帰ってきたから」
風馬「そっか。俺、やっと気持ち伝えたんです。
『これからは幼馴染としてじゃなくて、
ひとりの男として俺のことを見てほしい』って。
そしたらあいつ、真剣に考えてくれるって言ってくれて」
夏鈴「えっ!?それ、何時のこと?」
風馬「夏鈴さんが、上がって星光こと頼むって言った後、
そこの公園でですけど、何か」
夏鈴「あっ、いいえ。なんでもないの。気にしないで」
風馬「夏鈴さんが部屋に戻って、星光と会ったら、
あいつ多分この話をすると思うんですよね。
もし、俺とのこと何か言ってたらそれとなく聞いといてください。
星光は夏鈴さんには本当のこと言うと思うんで」
夏鈴「え、ええ……
わかったわ。聞いとく」
風馬「ありがとうございます。あーっ!腹減ったー。
俺、今から飯食いますから。この話はまた!」
夏鈴「う、うん。
私も一度部屋に戻ってから食事にするから、またね」
威勢よくごきげんな風馬の赤くなった顔を見ながら、
軽く手を振る夏鈴さんの脳裏に一抹の不安がよぎる。
それは、浮城さんから聞いた私と北斗さんのこと。
夏鈴「(どうしよう…私の早とちりで星光だけでなく、
風馬くんの想いまで焚き付けて混乱させてしまってる。
このままじゃ二人とも傷ついて大変なことになっちゃう…)」
彼女はがばっと立ち上がると足早に食堂を出て、
二階にある私たちの部屋に駆け上がり、
ノックをすると勢いよくドアを開けた。
夏鈴「キラちゃん!」
星光「夏鈴さん。お疲れ、様。
どうしたの?まっ赤な顔して」
夏鈴「話があるの」
(スター・メソッド、三階撮影スタジオ)
私と別れた北斗さんは病院には行かず職場に向かい、
夏鈴さんの許から戻ってきた浮城さんと合流して、
流星さんの代わりに会社で撮影していた。
二人は楽しそうに今日あった出来事を語りながらカメラを構えている。
そこに、一仕事終えたカレンさんも戻ってきて、
彼らの居るスタジオのドアに手をかけた。
しかし、彼女はすぐそのドアを開けずにじっとしている。
その表情は、ガツンと頭を殴られたようなショックから、
さながら稲妻のごとく、鮮烈な怒りへと豹変していった。
カレンさんはドアにおでこをくっつけたまま、
動揺で震える身体を両手で抱えている。
そんな彼女とは裏腹に、ドアの向こうから聞こえるふたりの笑い声が、
薄暗く冷たい廊下に響いていたのだった。
(続く)
この物語はフィクションです。