ポラリスの贈りもの
30、絡み合う関係と燃やされた過去
(北新宿、スターメソッド。三階撮影スタジオ)
私と風馬の関係に亀裂が生じたと同時刻。
浮城さんと三階に戻った北斗さんはスタジオに入り、
待っていた神道社長からある事実を聞かれていた。
先に社長から話を聞かされていた流星さんの表情、
その場の空気から予測不可能な、
不穏な事態が起きようとしてることを北斗さんは察する。
神道「やっと戻ったか。カレンはどうした?」
七星「彼女は体調を崩したので帰らせました。
申し送りは明日、僕から伝えますので」
神道「そうか。では早速本題にはいるが、
七星。申し訳ないが恵比寿の仕事がキャンセルになった」
七星「えっ!?」
神道「まだ決定ではないが、
決まれば来週から七星たちには、
千葉勝浦の仕事をしてもらうようになる」
七星「勝浦!?神道社長、それはどういうことですか!
恵比寿の件は既に、栗金トレンディスペース社と交渉成立して、
1年間の契約書を交わしたじゃないですか」
浮城「そうですよ!
何か月も足を運んでやっとまとめた仕事でしょ!」
神道「そのはずだったんだが、
KTSの栗金(くりかね)社長じきじきの頼みでな。
その代り今回の代償として、
来年4月からフランスマルセイユでの仕事を1年間、
是非ともうちでお願いしたいと提案してきた」
七星「マルセイユ……」
浮城「でも、なんでいきなりこの時期に変更になるんですか?
俺たちは納得できないですよ。
何度も何度も打ち合わせして、納得いく見積もりも出して、
あちらの要望で来月から撮影に入るところまでいってて、
どう考えたってキャンセルになる話じゃないのに」
流星「この件、昴然社が絡んでるらしいぜ」
七星「……」
浮城「は?
新橋にあるあの偏屈で有名の伯社長が居る昴然社のことか?」
その時、スタジオのドアが開き、
仕事を終えた東さんがやってきて話し合いに加わる。
無論、彼の顔もスタジオに入ってきた時から神妙な表情を浮かべていた。
東 「みんな、遅くなってすまない」
神道「おお。待ってたぞ、光世」
東 「生、どこまで話した?」
神道「いや、七星も今来たからな。
詳細は今から話すところだ」
東 「そうか」
七星「昴然社って、今回の契約と何等関係ないじゃないですか」
神道「そうなんだか」
東 「根岸洋紅(ねぎしようこう)って知ってるか」
七星「根岸?……根岸って、もしかして」
流星「フリーのカメラマンで5年半前、
黄金の仕事に半年、派遣でうちに入ってきた奴が居たろ」
七星「ああ。あの時の男か」
浮城「確か、クレーン事故にあったあのカメラマンだよな」
流星「あいつ、また復帰して今は昴然社の専属のカメラマンやってるらしい」
七星「それで、その根岸って奴が今回の件と何の関わりがあるんです」
東 「根岸が今日、生を訪ねてきて、
KTSの仕事を昴然社が請け負ったことで損失を与えたからと、
来月から1年半、千葉での仕事を提案してきたんだ。
まぁ、あの社長が自分から頭を下げることは、
地球が滅亡してもないことだからな。
根岸を代理人としてうちに寄越しんだろう」
七星「すみません、神道社長。
恵比寿が駄目になった理由と、何故勝浦の話がいきなりきたのか、
僕らが納得いく説明してくれませんか。
僕の知り合いも絡んでることなので、
こうなった経緯を知りたいんです」
神道「ああ、そうだな。
伯と栗金さんは旧友らしくてな。
伯の達ての頼みとかで受けたらしい。
なんせあの強欲たぬきの申し出だ。
断りきれなかったんだろう。
栗金さんは平謝りで、土下座までして項垂れて帰ったよ。
これからの俺との付き合いもあるし、
今週末には送金だったから余計にな」
東 「それに、KTSの仕事は殆どが、あのたぬきの絡みだからな、
昴然社には相当の弱みもあるだろうし」
浮城「俺。やっぱ納得いかないっす。
それで俺たちが泣き寝入りですか」
神道「まぁ、本当のところは俺も納得はいかないが、
今日根岸が来て、勝浦の仕事をしてほしいということなんだ」
浮城「本当なら、伯社長がじきじきに持ちかけてくるべきでしょう。
なんで根岸なんですか」
七星「その依頼、本当に信頼できる筋の話なんでしょうね」
流星「俺も兄貴と同意見で、そこが心配ですよ。
神道社長を信じないわけじゃないが、前回の黄金の件もありますからね。
あの根岸って男はどうかと……」
東 「僕らもそう感じてはいる。
事故の件もだが、すんなり1年半の契約なんて、
あの強欲たぬきがあっさりうちに儲け話を引き渡すとは思ってない。
神道「信用できるかどうか、伯と今週末話をすることになってる。
それと同時進行で、この仕事に絡む者すべての調査をするつもりだ。
そういうことだから、もう暫く時間をくれないか」
七星「は、はい……
(こんなことになるなんて。
星光ちゃんになんて言えばいい)」
降って湧いたような話に、北斗さんは動揺を隠し切れない。
それは私との約束が頭をもたげたからに他ならず、
責任感と恋心の入り混じった複雑な心境だった。
東 「七星。もしかして、濱生って子のことを気にしているのか?」
神道「ん?濱生」
七星「はい……彼女は今頃、会社に退職届を出してる頃だと思います」
神道「そうか。
そのことならうちで受け入れるようにする。
七星、何も心配することはない」
七星「はい」
神道「面談は予定通りするからな。
来週月曜日にオフィスに連れてこいよ。
ただ、この勝浦の仕事が決まった場合、
恵比寿とは違って経験のない者にはかなり過酷になる。
それでもいいのか?」
七星「はぁ。やはりそうですよね」
東 「その時はお前が鍛えろ、七星。
お前で無理そうなら、僕からカレンに指導係を頼むがどうする?」
七星「いえ、僕がやります。
僕が通した話なので」
東 「そうか」
流星「兄貴、一人で抱えるなよ。
俺も協力するから心配するな」
浮城「俺も手伝うぞ、なっ」
七星「あ、ああ。頼むよ」
神道「よし。
そういうことで詳しいことは明日の会議で話そう。
じゃあ、俺はオフィスに戻る。光世、後頼むぞ」
東 「ああ。三人とも時間とってすまなかったな。
編集作業の続きやってくれ」
浮城「はい」
七星「神道社長。
あの、濱生星光さんを宜しくお願いします」
神道「ん?なんだ。お前の惚れてる女か?(笑)」
七星「あっ、いえ」
神道「隠しても俺には分かるぞ。
まかしておけ。じゃあな」
七星「は、はい。ありがとうございます」
要件を伝えると神道社長と東さんは、スタジオから出て行った。
神道社長に図星を突かれ、珍しくうろたえる北斗さんを見て、
流星さんと浮城さんは笑いを堪え切れなくなる。
流星「あはははははっ(笑)
兄貴の慌てた顔、見てられないな」
七星「なっ!」
浮城「流星、それはしかたねーよ。
カズにとっては5年ぶりの恋だからな」
流星「そうだな(笑)動揺して然りか」
七星「お前ら!
僕のことはいいからさっさと編集作業やれよ!」
流星「ほいほい(笑)」
照れくささとちゃかされたことで、
キレ気味に顔を赤らめる北斗さんと、
まだ笑いが収まらない流星さんがパソコンの前に立った時だった。
またもスタジオのドアが開く。
警備員「失礼します。あの、北斗さん。
ここに摩護月さんはいらっしゃいますか」
七星 「いや。30分前くらいに帰ったが、何か用かな」
警備員「そうですか……」
流星 「どうしたんです」
警備員「時間なんで立体駐車場側の門を閉めようと思うんですけど、
摩護月さんの車が駐車場にあるので、移動をお願いしたくて」
浮城 「えっ?」
警備員「こちらでお仕事中かと思いましたが、帰られたんですね」
七星 「……」
警備員「皆さんも残業でしたら、もうすぐ裏門を閉鎖しますから、
11時までに車を正門側の駐車場に移動してもらえないでしょうか。
閉めてしまったら車が出せなくなるので、
摩護月さんにもそうお伝えください」
流星 「ほい。分かったよ、伝えておく」
警備員「宜しくお願いします。
では、失礼します」
北斗さんの顔色は見る間に変わり、
無言のままポケットの携帯を取り出すと、
カレンさんに電話するが、7回コールして留守電に切り替わる。
心を落ち着かせるようにメッセージを残すけれど、
明らかに動揺と不安は隠しきれない様子だ。
七星「カレン、僕だ。何処に居るんだ。
まだ会社に居るんだろ?
居るなら連絡くれ……まったく、何処に居る」
浮城「繋がらないのか」
七星「ああ」
流星「兄貴、カレンに本心は話したんだろ?」
七星「ああ、話した。
話して駐車場の出入り口で別れたんだが」
浮城「カレン嬢のあの様子だったからな。
運転できずにタクシーで帰ったのかもしれんぞ」
七星「あの時の……シャッターの連写音」
流星「連写音?」
七星「陽立。二階の会議室、今日予定入ったか?」
浮城「いや、ここで仕事してんのは俺たちだけで、
あとはみんな第二スタジオに行ってるはずだけど」
七星「すまん!ふたりで編集やっててくれ!」
流星「兄貴!どこ行くんだ」
闇に消えたシャッター音と浮城さんの回答、
そして仕事の変更と連絡が取れないカレンさんの存在。
全てのパーツが揃った瞬間、
言いようの無い胸騒ぎが北斗さんを襲い、
その足は一足飛びで社長室へと向かったのだ。
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