ポラリスの贈りもの
8時20分。
風馬は大きな旅行バッグを抱え、
片手に携帯を握って新幹線のホームに立っていた。
その表情にはまったく覇気がなく、階段を登りながらも、
心は地の底に沈んでいくかのように落ち込んでいる。
彼が元気のない理由。
それは寿代に今から新幹線に乗ると連絡をしたからだ。
博多行きの新幹線のぞみの指定席に腰かけると、
風馬は脇に挟んでいるキヨスクで買った雑誌を開き、
缶コーヒーを飲みながらぱらぱらとページを開く。
しかしあるページにきたとき、手が止まり視線は一点集中する。
そして、ぐっと拳を握りしめて目を瞑ると雑誌を閉じたのだった。
スターメソッドでは、撮影の準備が完了し、
北斗さんや流星さんをはじめとする2班は、
千葉勝浦入りし、撮影を始めていた。
そして神道社長と東さんは連日、増員のための人材探しを続けていた。
かなりの数のスキューバー経験者や撮影経験者が書類選考で選ばれ、
150人に及ぶ合格者が二次面接を受けた。
そして最終面接で選ばれたのは20名となったが、
戦力になる人材は片手で数えるしかいなかったのだ。
彼達の動きに対して、迫る人材不足と時間の壁。
めったに弱音を吐かない神道社長だったけれど、
かなり険しい顔で書類を見つめていた。
(新宿、スターメソッド7階社長室)
神道「普通の面接なら、申し分ない希望者ばかりなんだが、
今回の撮影に関してはな……」
東 「細波カメラマンと恋月カメラマンも、
知り合いをあたってくれているんだが、
みんなスケジュール調整が厳しいらしくてな。
来年からならどうにかなるらしいが、それでは間に合わない。
せめて、一般からもうひとり、
スキューバーと撮影、両方できる人間が居てくれたら」
ふたりは溜息をつくと、
再度積み重ねられた不採用者の履歴書を見始めた。
無言のまま食い入るように見つめていると、そこへ。
コンコン(ノック音)
神道「はい」
秘書「失礼いたします。あの、社長。
面接をお願いしたいという方が、
直接履歴書を持って来られていますがどうしましょう」
神道「ん。直接?連絡もなしにか」
秘書「はい。
どうも求人雑誌を見て来られたとかで、
しかも北斗カメラマンのお知り合いとおっしゃっています」
神道「北斗の知り合い」
東 「七星からも流星からも、面接者の連絡は受けてないけどな」
神道「それで?来ているのは男か」
秘書「はい。ご本人には履歴書だけお預かりして、
後日こちらから面接日をご連絡しますとお伝えしたのですが、
どうしても今日でないと時間がないとおっしゃって」
東 「時間がないって」
神道「履歴書を見せてくれ」
秘書「はい。こちらです」
秘書から履歴書を受け取った神道社長は、
封筒から履歴書を取り出すと広げて一通り目を通し、
無言のまますぐに東さんにそれを渡した。
東さんも渡された履歴書を真剣に見つめていたが、
急に驚いた顔に変わる。
東 「水産高校卒か。この資格の数……
4級海技士(航海)、1級小型船舶操縦士、潜水士、
スクーバーダイビングCカード、
漁業技術検定、第2級海上特殊無線技士。
ガス・アーク溶接、小規模ボイラ、1~6類危険物取扱者に、
情報通信技術検定って……
船員経験もあるじゃないか。
生(せい)、どうする?」
神道「ああ、これなら使えるかもしれん。
彼は何処に居るんだ」
秘書「一階インフォメーション横の待合室です」
神道「光世。彼をここに連れてきてくれないか」
東 「ああ」
東さんは足早に社長室を出ると、エレベータで一階に下りて行った。
手詰まり感いっぱいの局面でやって来た思いもよらないチャンスに、
普段冷静な二人も期待感からか高揚している。
そして、このスターメソッドのピンチを打開する救世主が、
私の恋模様までも大きく揺れ動かしていくとは、
新道社長も東さんも想定できていなかったのだ。
(スターメソッド一階、インフォメーション横の待合室)
東 「お待たせしました。
私はスターメソッドD・B・P撮影部、カメラマンの東と申します」
(続く)
この物語はフィクションです。