ポラリスの贈りもの

そして、とうとうやってきた水中撮影最終日。
そこにカレンさんの姿はなかった。
後で知ったことだけど、カメラを壊したのは、
カレンさんから指示を受けて動いた酒枝さんだった。
騒ぎの後、神道社長に事実を打ち明け謝罪したらしい。
だからあの夜、
私がモップの枝を振り回して応戦した相手は酒枝さんで、
東さんが密かに仕掛けていた赤外線暗視カメラに、
その一部始終が撮影されていたのだ。
神道社長に呼ばれたカレンさんの処分がどうなってるのか、
私にはまったく分からなかったけど、私の心は複雑だった。




午後3時。
何事もなく無事に撮影は終わった。
スタッフ全員から拍手が湧き、
北斗さんや流星さんらにも安堵の表情が浮かぶ。
でも私は心から喜べない理由があった。
今日で風馬が契約を終えて、福岡に帰ってしまう。
そして、臨時で雇われたカメラマンも同時に契約が完了して居なくなる。
勿論、田所くんもそうだ。
だから苺さんの顔も朝から浮かなくて、どことなくそわそわしていた。
苺さんは撮影を終えて戻ってきた田所くんの姿を見るなり、
駆け寄って縋りついたのだ。
遠目からではっきりとは分からないけど、
どうも泣いているように私の目には映る。
苺さんはこの撮影で、田所くんに好意を抱いていた。
そして田所くんも……


それから風馬はというと、
機材を片付けるとキッチンに居た私に声もかけず、
足早に階段を駆け上がって、部屋で荷物をまとめていたようだ。
みんな去っていくというのに、
私だけがここに残ることに罪悪感に似た思いが湧いている。
私はそんな移りゆく光景を寂しく見ながら、
夕食の支度を黙々とこなした。
秋から冬へと移り変わるように、
私の心にも冷たい風が吹いていたのだった。
それから2時間後のこと。



(別荘、リビング)


流星「兄貴。星光ちゃん知らないか?」
七星「ああ。そういえば姿を見てないな。居ないのか?」
流星「ああ。食事の支度はできてるんだけどな。
  この周りを捜したんだけど居ないんだ」
浮城「さっきまでキッチンに居たと思ってたけどな」
七星「苺ちゃん。星光ちゃんが何処に行ったか聞いてるかい?」
村田「いえ。それが…。
  彼女から今日はひとりで料理を作るから休んでてって言われて」
田所「七星さん、すみません。
  あの。彼女はさっきまで僕と一緒に居たので」
七星「そうか……
  (何処に行ったんだ)」
根岸「(まさか。ひとりで森へ入っていったか……)」


二階から下りてきた風馬を見かけた流星さんが声をかける。
風馬はきょとんとした顔をしていた。


流星「おい、狂犬。星光ちゃんがどこ行ったか知らないか」
風馬「いえ。俺、部屋でずっと荷造りしてたから。
  二階に上がる時はキッチンに居たんですけどね。
  あいつ、居ないんですか」
流星「ああ」




皆が私を捜している時、私は森の先にある海の見渡せる丘にいた。
ここからおせんころがしの岸壁が一望できる。
強く冷たい波風を肌に感じながら、
私はここに来てからの出来事を振り返っていた。
ただ純粋に北斗さんや皆を支えるために来たのに、
最初に待っていたのは風馬とのまさかの邂逅。
夏鈴さんと根岸さんの再会。そして度重なる事件や事故。
私を好きだと言って、
抱きしめてくれた北斗さんの存在が大きいのは理解しつつも、
現場を乱す原因だった私だけが残り、
これからは気軽に頼る相手も居ない。
そう思うと心は寂寥感に包まれ、
自分の居場所がどこあるのか、
どこに置けばいいのかすら分からなくなっている。
私はその鋭く切り立った断崖絶壁をぼんやり見つめながら、
ある一大決心を固めたのだった。

(続く)


この物語はフィクションです。
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