ポラリスの贈りもの
50、悲劇の再来
皆が私を捜している時、
私は森の先にある海の見渡せる丘にいた。
ここからおせんころがしの岸壁が一望できる。
強く冷たい波風を肌に感じながら、
私はここに来てからの出来事を振り返っていた。
ただ純粋に北斗さんや皆を支えるために来たのに、
様相はすっかり変わり寂寥感だけが襲ってくる。
私は今朝のことを思い出しながら、
その鋭く切り立った断崖絶壁をぼんやり見つめて、
ある一大決心を固めていた。
〈星光の回想シーン〉
私は、駐車場へ向かう東さんを呼び止めた。
どんなに忙しくしていても、
彼はいつも優しく対応してくれて頼もしい上司。
しかし、私がこれから話すことで困らせはしないか。
「勝手なことを言い出して」と怒りはしないだろうか。
一抹の不安があるものの意を決して切り出した。
星光「東さん」
東 「星光さん。どうした」
星光「今、少しお話できますか?」
東 「ああ、いいよ。話って何かな?」
星光「あの、臨時で採用された方達は今日で終わりなんですよね」
東 「ああ、そうだよ。
一応水中撮影までということで雇っていたからね。
今日の撮影がうまくいけば、今日までってことになるな」
星光「そうですか……」
東 「なにか気にあることでもあるのかな?」
星光「それが……
唐突にこういうことをお話するのは申し訳ないのですが、
私も、皆さんと一緒に今日までで終わりにしてもらえませんか?」
東 「ん?それは辞めたいってこと?」
星光「はい」
東 「そのことを七星に相談したのかな」
星光「いえ。
彼をこれ以上困らせたくないので、何も話していません。
でも……私より仕事のできる方たちが今日までっていうのに、
騒ぎの原因となった私だけがここに残るのは辛いんです」
東 「んー。君と彼らは雇われた役目が違うんだよ?
もしかして。
七星のことやカレンから言われたことを気にしているのかな?」
星光「それも……あります」
東 「そうか。僕の一存で決められる問題ではないな。
君を採用したのは社長だから。
それに今日いきなり言われて、
今日で辞めるっていうのも難しいな」
星光「そうですよね……
皆さんにかえってご迷惑かけますものね。
でも東さん。
このことを神道社長とお話できますか?」
東 「ああ、できるよ。
今夜ちょうど生と会う予定があるんだけど、
君も一緒に本社へ行くかい?
僕から内容を生に伝えておくから」
星光「ありがとうございます。
そうして頂けると助かります」
東 「じゃあ、17時半にここを出るから駐車場で待ってる。
それまでに仕事を終わらせていくように」
星光「はい。宜しくお願いします」
私は話終わると部屋へ戻りバタバタと荷造りをして、
苺さんに手紙を書いた。
書いた手紙を封筒に入れると、彼女のベッドの枕元へそっと置く。
そして七星さんたちが撮影をしている最中、
まとめた荷物をランドリースペースのロッカーに入れた。
幸いにも誰からも見られることもなく……
そして、約束の時間。
皆が私の居ないことに疑問を感じつつ食事をし始めた頃、
私は丘から別荘へ戻って、辺りを見回しながらロッカーへ近づき、
そそくさと荷物を取り出すと、東さんの待つ駐車場へ行ったのだ。
大きな荷物を見た東さんはびっくりしていたけれど、
車の中でその理由を話すと、
私が覚悟の上で社長に話すのだと理解してくれたようだった。
東さんと一緒に社長室へ向かった私。
社長室にいた神道社長は、優しい眼差しで私を招き入れてくれた。
ふたりと向かい合わせに座った私は、
バッグから退職願を取り出し差し出す。
そして大きく深呼吸した後、社長に今の気持ちと願望を伝えた。
相槌を打ちながら、静かに話を聞いていた神道社長と東さん。
私が話し終わると、社長は目を瞑ったまま暫く黙っていて、
何か考えていたけれど徐に目を開き、
じっと私の目を見つめて口を開いたのだ。
(新宿、スターメソッド本社。社長室)
神道「そうか。それで辞めたいわけか。
君の要望は解った」
星光「雇って頂いたのに、
我儘なことを言ってるのは重々分かってます。
突然辞めるっていうことも、
ご迷惑をかけてしまうということもです。
でも、騒ぎのきっかけは私なのに、
御咎めなしで変わらず働くっていうことは辛いんです。
それにカレンさんだけが罰せられるというのも、
私には耐えられないんです」
神道「カレンの現場での撮影と、
メンバーとの接触を禁止して謹慎処分にしているのは、
プロである彼女が、
遣ってはいけないことをしてしまったからだ。
君も見たと思うが、
うちの主力カメラマンの片腕を身勝手な理由で奪った。
写真家にとってカメラがどれだけ重要か、
身を持って知ってるはずの彼女が、
仲間のカメラを壊すという行為は、
どんな理由があったにしても許されない。
しかも買収行為も行っていたとなると、
刑事責任は避けられないからな。
本当なら事実が分かった時点で、
解雇処分も免れることはできないんだよ」
星光「えっ!カレンさんを解雇するんですか!?
しかも警察へなんて……」
神道「まぁ、まだ検討中の部分もあるが、
うちでこれ以上勤めるのは、
真面な神経をしている人間なら難しいだろう」
星光「あの。神道社長!
彼女が改心して皆さんのカメラを弁償して心から謝罪したら、
警察沙汰にすることと、
彼女の解雇を取り下げて許してもらえますか!?」
神道「弁償して済む問題ではない。
特に七星のカメラは現在では同じものは手に入らない。
あいつは大人だからおくびにも出さないが、
かなりのショックを受けてるのは確かだからな」
星光「……」
東 「星光さん。
カレンの心配よりも今は自分の身の振り方だ。
君はうちを辞めて何処へ行く?現状住まいもないだろ?」
星光「両親が吉祥寺に住んでますし、
CCマートにも再就職できるそうです。
もし戻れなくても何処かでまた働いて、
どうにかやっていけると思ってます。
それに貯蓄も少しならありますから。
どうしても東京でやれないなら、
地元に知り合いもいますから帰郷しても……」
東 「福岡に帰っても、
君の戻れる場所なんてないんじゃないのか?」
星光「でも、大丈夫です。
何とかなりますから。
神道社長を始め、東さん、
皆さんには本当に良くしていただきました。
心から感謝しています。
でも、私がここで勤められたのは、
北斗さんのご厚意もあったからだと思ってます」
神道「私が君を雇ったのは、
七星や流星の口添えがあったから決めたと思ってるのか?
君のことを何も見ずに、簡単に決めたと思うかね」
星光「いえ、そういう意味ではないんです。
すみません。
でも……彼らの力が多大にあったとも思います。
本来御社は、私の実力ではお勤めできる会社ではありません。
でも今ままでのカレンさんは、この会社で貢献してきた人です。
今はちょっとだけ、
愛するがゆえに本来の自分を見失ってるだけで……
だからカレンさんを許してあげてください。
私は、身分相応の生活、今までの居場所に戻ります」
東 「星光さん。それでいいのか?
七星にも何も告げずにこのまま去っていって」
星光「はい。そのほうが彼の為になると思っています。
辛いですけど……公私混同はやはりよくありません。
彼は立派な人で社会的にも著名な方です。
でも私は、子供みたいな考えしかもてなくて、
アクティブに働く彼の足を引っ張って、
いつも困らせてしまいます。
彼の傍にいるべき人は、
彼に引けを取らないくらい立派な方がいいんです」
東 「君だって立派に皆の世話をしていただろ。
あそこまで徹底して大勢の食事や健康管理のできる人と、
僕は今まで出会ったことがないよ。
君が今までやっていたことだと思うが、
流石大旅館で培っていただけはある。
七星や僕たちに何等遠慮することも、
遜ることもしなくていいんだよ?」
星光「東さん……」
心配する東さんの横で、神道社長はまた目を瞑って黙っていた。
その圧倒的な威圧感からどんな言葉が発せられるのか、
私は期待と不安の入り混じった面持ちでぎゅっと両手を握る。
そして重苦しい空気の扉をゆっくりと押し開けるかのように、
神道社長は呟いたのだ。
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