ポラリスの贈りもの
55、写真集の10ページ
困惑する私と行方を按じるカレンさん浮城さんを乗せた新幹線は、
ゆっくりと小雪の舞う東京駅へと到着した。
私たちは荷物を持ったまま早々に、
新宿にあるスターメソッド本社へ向う。
会社につくと私は浮城さんの指示で、
3階のD・B・P撮影部オフィスに行くように言われた。
大きな荷物をもったまま、エレベーターで3階に向かうと、
入口で東さんが待っていて、
爽やかな笑顔で私を迎えてくれたのだ。
(スターメソッド3階、D・B・P撮影部オフィス)
東さんはすぐさま私の傍にきて、事務所の中に入るように促した。
すると、ソファーに座ってすぐ、
渡されたコンパクトデジカメの話になる。
私がカメラを渡すと微笑んで話し出す。
東 「慣れない仕事で大変だっただろう。
東京に帰った途端に、
旅の疲れと仕事疲れが一気にきてないかい?」
星光「いえ。
でも、確かに慣れるまで撮影補助のお仕事は大変でした」
東 「そう(微笑)
僕が渡したカメラで少しは撮影したかな?」
星光「はい」
東 「カメラ、貰おうか」
星光「東さん、本当にありがとうございました。
とてもいい勉強になりました」
東 「そう。勉強になったならよかった。
本格的に撮影してみて、恐怖感は拭えたかい?」
星光「はい、なんとか(笑)
訳が分からないまま感じたままを写しただけですから、
うまく撮れてるのか、何を撮ったかすら分かってなくて。
ただ東さんのアドバイス通り、
無我夢中でシャッターを押しました」
東 「それでいいんだよ。
(カメラの画像をチェックしながら)
うん……訳が分からない割にはなかなか(微笑)
枚数もかなり撮ってるね。
うん、うまく撮れてるよ。
初めてにしては上出来だ」
星光「そうですか!(照)
東さんたちプロの方が使われているようなカメラだったら、
こんなには撮れなかったですし、
やっぱり怖くてカメラすら持てないかも」
東 「そうか(笑)
今までに写真集を見たり写真展を観覧したことは?」
星光「あります。かず……あっ(焦)
あ、あるカメラマンの写真集を毎日見て過ごしていました」
東 「そう」
星光「はい。私、写真一枚一枚に救われていたんです。
その写真集の中で10ページ目の写真が大好きで……
両手を伸ばして欲しいと願うくらい眩しい世界が、
この世にあることを私に教えてくれたんです」
東 「そう。
僕もそうだけど、撮った写真を見るとね、
その人がずっと見ていたい景色や、
すごく好きでよく見ていた写真がわかる。
基本になる景色や写真に似ていることがあるんだよ。
まぁ、僕が今回君にアドバイスしたのは、
自分の想いをカメラを通して、
七星に伝えてごらんってことだったからね」
星光「カメラを構えている間中、
七星さんをイメージして撮っていました。
(そう……七星さん。
私は貴方を感じながら、
貴方が傍に居てくれてると思いながら撮ったの……)」
東 「そうか。
あいつがこれを見て何か感じてくれるといいな。
よし!仕事の書類と日報を貰ったら社長室に一緒に行こう」
星光「はい」
東さんは私の書類を受け取り、
デスクの上に置いてあったバインダーに挟んで、
渡したカメラと一緒に抱えた。
そしてカレンさんと浮城さんの居る7階の社長室へと向かったのだ。
勝浦へ戻るのか、
まだ回答の出しきれていない私はドキドキしながらも、
東さんから聞かれた北斗さんの写真集のことを思い出す。
そして、彼と一晩語り合ったあの日のことも……
〈星光の回想シーン〉
糸島の溢れる自然とそこで生活する優しい人々に触れ、
北斗さんは微笑む住人を撮影し、私は彼の指示で撮影の手伝いをする。
出くわす街の人に頭を下げながら声をかけては、
そこでシャッターを押している彼の姿と時々見せる爽やかな笑顔に、
私の胸はキュンと何度もないていた。
そんなほのぼのとした時間の中で、
彼の誠実さも五感で感じ取れて、私の心はもっと、
“北斗七星(なるとかずとし)”という人を知りたいと思った。
日が沈むと海岸線沿いの海の見渡せる草原へ車を乗り入れる。
北斗さんは車のトランクから荷物を取り出すと、
大人ふたりが寝転がれるほどの携帯テントを広げた。
ランタンの仄かな明りの元で、黙々と作業をしている彼。
小さなスポットライトのようにランタンの優しい光が当たる。
素早く三脚を立てると夜空に向けてカメラを構え、
ファインダーを覗く北斗さんが、
まるで空に大きく浮かぶ北斗七星のように輝いて映った。
思わずため息が漏れるほど魅力的に感じる彼。
眩しいくらい真剣な姿を前に、
一瞬で私の身も心も釘付けになったのだ。
七星「よし。これで準備OKだ。
こんな狭いテントの中ですまないね。
宿でもとってゆっくりできればいいんだけど、
まだ撮影があるものだから」
星光「いえ。お仕事中にいきなり訪ねたのは私ですから。
テントなんて小学校のときに行った町内会の夏季キャンプ以来で、
なんだかプチキャンプみたいで楽しいです。
このランタンもとっても素敵だし」
七星「そう(微笑)
僕なんかテント生活は数えきれないくらいあるよ。
楽しいとは微塵も感じたことなかったけどね。
極寒の冬山での撮影なんて、
早く自宅に戻って温かい風呂に入って、
こたつに潜り込みたいっていつも思いながら寝袋に包まってたな」
星光「寝袋……」
七星「それに比べたら今こうやって居るのはリゾート気分だよ。
綺麗な女性と星空の下で語り合ってるしね(笑)」
星光「えっ。そうですか?」
七星「ああ」
北斗さんはキャンプ用の小型ガスバーナーコンロでお湯を沸かし、
ステンレス製マグカップの上にドリップコーヒーをのせてお湯を注いだ。
コーヒーの香ばしい香りがテントの中に立ち込める。
七星「こういうのもたまにはいいだろ?
はい、コーヒー(マグカップを渡す)
熱いからやけどしないように気をつけて。
コンビニで買ったインスタントだけど、
こういうところで飲むと結構いけるよ」
星光「うわぁー。ありがとうございます(マグカップを受け取り飲む)
美味しい……こんなに美味しいコーヒー初めて飲んだなぁ……」
七星「そうかい?パンと弁当、カップメンも買っといた。
腹減ったら好きなもの食べていいからね」
星光「はい(笑)」
七星「星光さん。僕の写真集を全部見たの?」
星光「はい。
すごく素敵な写真と心に残るメッセージばかりで、
感動して涙が出ちゃいました」
七星「そうか……ありがとう。
あの中に、とても印象のある写真があってね」
星光「印象のある写真ですか。
それはどの写真ですか?」
七星「福岡のデートスポットって呼ばれてる場所で、
2時間ほど撮影した写真なんだけどね。
バレンタインデーも近かったその日は、
海から強風が吹きつけると身体の芯まで凍える寒さだった。
そんな寒い中、ある二組のカップルが僕の視界に入ってきてね。
一組は、必死で足元から出る小さな噴水を撮っていた。
デジカメを構える彼と、それをじっと見守る彼女。
一枚撮っては一緒に画像を確認して、また撮影してね」
星光「そういうシーンって、なんだかほのぼのしますね」
七星「ああ。そしてもう一組は、
不器用に三脚を立てる彼女と遠くから見守ってる彼だった。
その彼女はまだカメラの初心者だったのか、
なかなか三脚に一眼レフをつけられないんだ。
僕はベンチに腰かけてじっとその子を見てた。
5分くらい必死であれこれやってたな(笑)
僕が行って教えてやろうかって思ったくらいだったよ」
星光「そうなんですね。
それでその女性はどうしたんですか?」
七星「結局三脚につけられずにカメラを持ったまま、
離れた場所に居る彼をじっと見てたけど、
その場に立ったまま彼を撮りだしたんだ」
星光「彼を……」
七星「そしてニコニコしながらモニターで撮った写真を見てた。
そんな彼女を見兼ねた彼が自分のカメラのセッティングを終えて、
彼女の元に近寄ると、
カメラを取り付けながら教えてたみたいだけどね。
その彼女の顔がとても幸せそうで、
カメラを見つめる目が生き生きしてた。
そして彼を見つめてる目もね。
4人共、すごく良い顔をしてるんだよな。
そんな二組のカップルを見て、僕は必死でシャッターを切った。
そしてそのカップルに教えられたんだ。
忘れかけてた大切なことや心を……」
北斗さんが語る壮大で幻想的な写真の世界。
それは氷の要塞に閉じ込められていた私には、
とても新鮮に感じたけれど、
未知の世界に生きる頼もしい彼を、私は一瞬で好きになったのだ。
そしてあの時、北斗さんが伝えたかった10ページのメッセージも。
(『君を訪ねて……』 P10)
『君の心は何が必要だい?
今まで何を見てきたの?
光の国から一筋の道を与えられながら 何故チャンスを掴まない
“生日の足日(いくひのたるひ)”
物事が生き生きとして栄え 満ち足りる日
心が躍り自然と笑顔になる それが真の幸せだと思わないか
物が豊富にあることが幸せかい?
誰かの為に自分を犠牲にして生きるのが真実かい?
心の中で何度も何度も 答えの出ないパズルを解き
同じ疑問に自問自答しながら 変わらぬ日々を生きるくらいなら
一歩踏み出す勇気を持てばいい
君の目の前には輝かしい世界があるはずだ
それを欲している自分が居ることも分かってるはずだ
一歩踏み出せば 君を取り巻く世界は歴然と変わる』
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