ポラリスの贈りもの
56、私の行く道の先は
社長室の空気は一気に緊張感が漂い、
神道社長と浮城さんの衝突に圧倒される。
私はおろおろしながらこの場を見守ることしかできなかった。
しかし、東さんの穏やかな声が緊迫した空気を一瞬で緩和する。
東 「陽立。お前は今すぐ勝浦の現場へ戻れ。
カレンは明日からパンフレット完成まで定時出社だからな」
カレン「はい……」
浮城 「東さん。俺、このままじゃ戻れませんよ!
星光ちゃんがこれからどうするのか聞くまでは。
そうしないとカズだって安心して仕事に集中できない」
東 「心配はいらない。
僕たちは星光さんを困らせることはしない」
浮城 「でも!」
東 「陽立、少しはこちらに任せてくれないか。
お前には撮影のことや現場で頑張っている仲間のことを考えて、
作品が完成するまでは撮影に専念してほしいな」
浮城 「……神道社長」
神道 「ん?なんだ」
浮城 「本当に星光ちゃんのこと、任せても大丈夫なんですね」
東 「陽立」
浮城 「正直言って俺もカズも、流星や根岸だって、
東さんや神道社長に対して不信感を抱いています」
神道 「ほう。それはどういうことだ」
浮城 「勝浦の現場に若葉をやったこと、それに根岸の入社のことも、
カズや根岸に何の打診もなかったですよね。
カズはこれまでのいろんな事件で動揺してるんです。
それなのに追い打ちをかけるように、若葉をカズに接触させて」
神道 「それで?お前は何が言いたい」
浮城 「それでなくても、
通常の1/3の期間で撮影をこなしてるんです。
この撮影が始まった時から、皆プレッシャーを感じながらやってる。
もう少し現場のことや、
スタッフのメンタル面も考えてほしいって言ってるんです」
神道 「もしかしてお前は、
それらが原因で仕事がはかどらないと言ってるのか」
浮城 「それもあります」
神道 「お前らは何年この仕事をやってるんだ!
泣き言を言う前に、
自分のすべきことを完璧にこなしてから言うんだな」
浮城 「社長、俺が言いたいのは!」
東 「陽立。これには事情があるんだ」
神道 「光世。もういい」
東 「生、これだけは言わせてくれ。
陽立。今は詳しく言えないが、
僕たちをもっと信頼してくれないか。
お前は長年この会社で勤めてきた。
これまで何を見てきたかを思い浮かべれば僕たちのことも、
今何をすべきかも自ずと分かってくるはずだ。
今は信じてほしい。頼む」
浮城 「東さん」
浮城さんは真剣に語る東さんの目をじっと見ていた。
神道社長も腕組みをしたまま目を瞑っている。
重苦しい沈黙がしばらくの間続いていたけれど、
彼は何とも言えないむず痒い気持ちを抱えたまま、
諦めたように溜息まじりに口を開く。
浮城 「はぁ……分かりました。
お二人を信じて、勝浦へ戻ります」
東 「分かってくれてありがとう。
僕もここを済ませたら、すぐ勝浦へ向かうからな」
浮城 「はい。では、失礼します」
カレン「陽立……」
浮城 「また連絡する。めげるなよ」
カレン「うん。陽立も」
浮城 「ああ」
カレンさんの肩をポンポンと軽く叩くと、
浮城さんはドアの前に立っている私のところにやってきた。
浮城「星光ちゃん」
星光「はい」
浮城「カズが待ってる。
京都でも散々話したけど、あいつをしっかり見てやって」
星光「えっ」
浮城「どんな男が君を救ったのか、
逃げずに君の目でしっかり見てやってほしい」
星光「浮城さん……」
浮城「何があっても諦めずに頑張れよ」
私を諭す様に語った浮城さんは、一礼すると社長室から出ていく。
さり際、とても寂しそうな表情を浮かべていた。
彼が社長室を出た後、
暫くしてカレンさんもスケジュール表を貰い帰っていく。
帰る間際、カレンさんから渡されたメモには、
彼女の自宅住所と、
「困った時はいつでも携帯に連絡してね」と書いてあったのだ。
私は二人のさりげない気遣いに心から感謝した。
ぐっと涙を堪える私に、
東さんは優しくソファーへ座るようにと促し、
手に持っていたバインダーを社長へ渡す。
神道社長はゆっくり書類に目を通して、ソファーへ腰かけると、
用意していた新たな書類をテーブルの上に置いたのだ。
私は二人と話しながら言われる通りに署名する。
心は達成感ですっきりしていた。
星光「神道社長。東さん。
この度は本当にお世話になりました」
神道「勝浦の仕事に京都の撮影、カレンのこともご苦労だった。
カレンをあそこまで変わらせることができるとは、
正直いって驚いているよ」
星光「いえ。こちらこそカレンさんには良くしていただきました。
お二人がご指導して下さったこと、感謝しています。
そしてこれまでのお心遣いも、
ありがとうございました」
神道「最初の約束通り、
君の頑張りに免じてカレンを通常業務に戻すつもりだ。
その代り、君にはここを辞めてもらう」
星光「はい。ありがとうございます」
神道「その書類にサインして手続き完了だ」
星光「はい」
渡された書類にサインし始めると、急に寂しさがこみ上げてくる。
それはもう、北斗さんと同じ土俵へは戻れないということ。
涙をこらえ書き終えると小さく溜息をつく私。
神道社長は東さんに書類の入った分厚い封筒を手渡して話を続けた。
神道「光世。これを頼む」
東 「ああ」
神道「給与は入社時に書いてもらった口座へ振り込む。
京都での仕事の報酬も一緒にだ。
星光「ありがとうございます」
東 「給与明細は後で渡すからね」
星光「はい」
神道「それともうひとつ。
この書類を見てくれるかな」
星光「えっ(驚)これは……」
神道「星光さん、前向きに検討してくれないか」
神道社長に突然渡されたもうひとつの書類に目を通し、
書類の内容と東さんからの説明を聞いて、
動くこともできなくなるほど面食らった。
書類から視線を外し二人を見つめる私。
予想もしていなかった内容を突然切り出されて、
再び考え込むこととなる。
それは新たな選択と進むべき道を決心した私にとって、
後ろ髪を引かれる内容でもあったからだ。
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