約束のキミを。
*✩*✩*✩*✩*✩美空の過去(11年前)*✩*✩*✩*✩*✩*✩
あれは、私がまだ4歳の時だった。
この頃から私はすでに入院生活をしていた。
注射が痛くて、独りぼっちなのが寂しくて、ワガママ言いたくて、毎日毎日泣いていた私に、和斗はいつも会いに来て本を読んでくれて甘えさせてくれた。
そして、和斗読んでくれた本の中に、こんな本があった。
『主人公の窓から見える中で、
一番大きくて美しい山には
美しい景色があって
美しい女神様がいて、願いを叶えてくれる』
あんまりよく覚えていないけれど、そんな内容だった。
私は、毎日見る窓の中の景色で見える、一番大きな山がいつも一番きれいに紅葉するのを知っていた。
幼かった私は、きっと、その山に女神様がいるんだと疑いもせずに思い込んだ。
病院という白い箱に閉じ込められ続けている私には、窓から見える景色と病院の中だけが私の世界のすべてだったから。
そして、私は和斗にワガママを言った。
「あの山に行きたい!あの山に行って病気を直してもらいたい!」
和斗は、困った顔をして
「山に行かなくってもきっと治るよ」
と言ったけれど、私は、納得できなかった。
「和斗みたいにお外で遊びたい!普通の子になりたい!」
私は泣いてわめいてお願いした、その時和斗は6歳だった。
きっとあの山に行っても女神はいないことを知ってただろう。
だけど、いないなんて泣いている私を見たら言えなかったんだと思う。
和斗は、昔からそういう人だ。
「みくは、困った子だな」
そう言って、苦笑した和斗の顔が頭の奥に残っている。
そして、春の日の朝早く私と和斗は病院を抜け出した。
もう、だいぶ暖かい時期だったのに、心配症な和斗に分厚いポンチョを着せられて、帽子をかぶらされた。
ドキドキしながら、少しのお金と、すこしのお菓子を持って、手を繋いでどこまでもどこまでも歩いた。
道がわからなくなったり、バスに乗ってみたりした。
でも、昔から私は、和斗が側にいてくれれば、なんとかなる大丈夫。そんな気持ちだった。
今ではあんまり思い出せないけど、幼い私達には果てしない道のりを二人で休まず歩いた。
ただただ、大きな山を目印にして。
初めて見る、外の景色は輝いて見えた。
たくさんの人がざわめき、ひしめく道路には、スーツを着て早足で駆けていく人。
ランドセルをかるって3列に並んで歩く小学生。
リードで繋がれた犬。
音楽を聞きながら走る女の人。
たくさんの音が溢れていて
3色の信号機に、
蛍光色のパチンコ屋さん、
排気ガスを出しながら、ビュンビュンと通って行く車。
いろんな光や匂いや色が眩しかった。
眩しいはずなのにどこか冷めていて寂しいような感覚にもなった。
でも、繋いだ手が温かくて、嬉しくって、私に大丈夫だって言われているような安心感があった。一人じゃないって感じられた。
そして、山のふもとにつく頃には、日が暮れていた。
「ゲホゲホ」
咳がとまらない私の背中を、撫でてくれながら二人で山に登った。
「かずと…。クラクラする…。」
呟いた私のおでこを、和斗は触って焦った顔をする。
「美空、すごく熱いよ!熱あるんじゃない?帰ろう。」
和斗は、心配そうな顔で言った。
「ヤダ!」
私は、頑固だった。ここで帰るなんて絶対できない!
そんな、私を和斗はそっと、おぶってくれた。
小さい背中が、たくましく感じたのを忘れない。
和斗は、私をおぶったまま長い道を歩いた。私には、言わなかったけど、葉っぱが和斗の足にまとわりついてたくさん怪我をしていた。
それでも、咳込み、ゼエゼエ言っている私をしっかりと背負い、歩いてくれた。
「大丈夫?」
そう言う、心配そうな声を何度も聞いた。
そして、頂上に着いた時には、もう真っ暗だった。
「みく…。着いたよ。」
遠慮がちで、ツラそうな和斗の声で、クリクラして思い頭を上げた。
そして、景色に愕然とした。
そこには、美しい景色なんてなく、自分たちの身長よりずっと高い草が生い茂っていて、そこら中、草と木しかなかった。
私は、和斗の背中から降り、膝まずいた。
膝小僧が、冷たい土に触れて、痛くて…。
でも、それ以上に心が痛くて、小さかった私には表現しきれないような、感情がいっきに押し寄せてきた。
そして、星空の下で私は泣いた。
私には、女神なんていないんだ!!
私を誰も助けてはくれないんだ!!
悲しみと恐怖感で私は声が枯れるまで泣きじゃくった。
しだいに、涙も出なくなって、頭がボォーとしてくる。息苦しくなってくる。そのまま、私は、横になってしまう。
そんな、私に和斗は、どこからか見つけた四つ葉のクローバーをそっと私に握らせた。
「美空、四つ葉のクローバーがあったよ。
ここに女神様はいなかったけど、幸せのクローバーがあったんだよ。女神様に願いを叶えてもらえなくったって、俺が美空の願いを叶えてあげるから…。」
サイレンの音が近づいてくる。
「ほんと?私の病気を直してくれるの?」
「うん!ずっとそばにいて美空を守るよ。」
私の意識は、どんどん薄くなっていき、呼吸が薄くなっていく。
パトカーや救急車が止まり、ざわめきが起こる。
私は、肩を震わせながら、言わなきゃいけない言葉を呟いた。
「ごめんなさい…。」
ワガママを言ったことを後悔する。
「美空はなにも悪くないよ。」
横たわる私の傍らで和斗は泣きじゃくり、叫ぶ。
思えば、私は和斗の泣き顔を見るのはこれが初めてだった。
そして、これ以降私は、和斗が泣く姿を見ていない。
「わがままでごめん。」
私は、苦しくて、揺らぐような意識の中でニッコリ笑って言った。
「俺が悪いんだよ。」
和斗は私の頬に涙を落とした。
「ごめんな。早く大きくなるから…。早く強くなるから。
そしたら、ずっとずっと守ってあげるから。
美空の願いを叶えてあげるから、ずっと…。」
『約束』
小さな小指を小指で握った。
そして、四つ葉のクローバーにむけて祈った。
いつか、幸せになりたいと。
そして、薄れゆく意識の中で、満天の星が目に焼き付いていた。
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それから、私は、すぐに救急車で運ばれた。
目が覚めたのは、病室で誰にも何も怒られなかった。
その時は、知らなかったけど、たぶんあのあと和斗は親戚中から叱られ、和斗は私を庇って「美空を俺が連れ出したから、美空は悪くない」と言い張ったんだと思う。
だって和斗はそういう人だもん…。
それに、最近知ったことだけど、大きな騒ぎにならなかったのは、私達が登った山は私が生まれた産婦人科があった山で、産婦人科がなくなったあと、私の父親がその山を買い取り、私の父親の私有地の山だったらしい。
だから、私達がその山に入ったこともすぐにわかったんだという。
そして、それから和斗は、今までにもまして勉強し始めた。
私との約束を果たすために。
和斗の涙を見て気がついた。
誰よりも優しくて優しい、和斗を悲しませるようなワガママはやめようって。
どんどんたくましく、かっこよくなっていく和斗の側に長くいたい。
もう二度と、病院を出ようなんて思わない。思っちゃいけない。
だって、和斗は私の為を考えてくれる特別で大切な人だから。
私は、その事をあの日から胸に刻みつけた。