約束のキミを。
第八章~魔女とスキと人魚姫~

花とブラシ

あれから一ヶ月。
もう、10月中旬病室から見える景色は、秋色に染まっていた。

舞さんが現れてから、よく和斗は舞さんと二人で現れるようになったし、学校帰りに一人で来ることもあった。

舞さんは、舞さんで一人でお花を持って来てくれるし、お父さんはお母さんも頻繁に来てくれた。

この前は、お母さんがクッキーに再チャレンジして来てくれて、今度は、焦げてなくって美味しかった。

毎日毎日暇なことがないくらい、誰かがそばにいてくれてレンが来る前より病室は賑やかだった。

でも、物足りなさとか寂しさが時に、押し寄せてきてしまう。



そして、ついつい期待してしまうんだ。
病室のドアが開くたび、来てくれたんじゃないかって一瞬でも期待してしまう。レンじゃないことは薄々わかってるのに、ついドキッとしてしまう。





今日も夕日のさす頃、また、一瞬の期待とともにドアの開く音がする。

「美空ちゃん!」

ニッコリと顔をのぞかせたのは、舞さんだった。

期待したぶんだけ、レンじゃなかった時の落胆というか、寂しさみたいなのもある。

舞さんが来てくれるのも、嬉しいのに…。欲張りな自分。


「舞さん。今日は和斗は?」


入ってきて、私のベッドの横にある花瓶の花を取り替えてくれる舞さんに言う。

「今日は、生徒会関係で先生に呼び出されてるから来れないって。なに?私だけじゃ不満ですか?」

舞さんは、少しだけ口を膨らませて、大きな目をクリンとさせてこっちを見る。
ちょっと、おどけた顔もかわいかった。


「そんなことないですよ!それより、その花は何っていうお花なんですか?」

舞さんは、お花屋さんだというだけあっていつも違うお花を持って来てくれる。いつも、綺麗でかわいらしいお花ばかりだ。


「これはね、キキョウっていう花だよ。英語でバルーンフラワー。かわいい名前だよね?」

ニッコリ笑いながら、花を整えハンカチで手を拭った。

「花言葉はね、永遠の愛。清楚。正直。友の帰りを待つとか、かな?なんだか、清楚で素直で可憐な美空ちゃんにピッタリだなって思って」

舞さんは、ベッドの横の椅子に腰を下ろし、言う。


もう一度、私は花を見た。白とピンクのその花は和風な雰囲気を持った、綺麗な花でなんだか、嬉しいような恥ずかしいような気持ちになった。

『友の帰りを待つ…。』

私は、帰りなんて待たない。ただ、約束を待ってる…。

同じことかもしれないけど、違うの…。



舞さんは、微笑みながら、なぜか急に私の髪に触れた。

「美空ちゃんって、本当に綺麗な髪だよね。少しだけ、ヘアアレンジしてもいいかな?」

「え?はい。」

「心配しなくても大丈夫!私意外と器用なのよ。」

私は、舞さんを見る。

そういえば、舞さんはいつもいろんな髪型にしている。

今日は、綺麗な黒髪を三つ編みでハーフアップにしていて、リボンで結んでいた。
私は、舞さんに背を向け髪をとかしてもらう。


「舞さんは、いつも素敵な髪型ですよね」

「うーん。私母親が亡くなってから誰も、髪の毛してくれる人がいなくって…。短く切っちゃったんだけどね。
和斗がね、長いほうが似合ってるしいいと思うって言ったんだ。

私、その一言にすぐ影響されちゃって…。」

後ろから、舞さんの恥ずかしそうな苦笑が聞こえる。

「それで、頑張って髪の毛伸ばしてお母さんがしてくれたみたいな髪型が出来るようになろって、いろいろ頑張っちゃったの。」


私の髪が引っ張られ、編まれていく。

「舞さんは、和斗の事が本当に好きなんですね」

「え…。う、うん…。なんか、改めて言われると恥ずかしいな!」

照れたように私の髪をいじった。

「い、イタッ!!」

「ごめん!つい!!それよりも、美空ちゃんこそ、初めて会った日に言ってたじゃない?「大事な人も来てくれない寂しさがわかる?」って。大事な人ってどんな人なの?」

私は、髪が結ばれピンで止められていくのを感じる。

「私の初めての友達なんです…。
優しくて、明るくて、いつも笑ってて、私の太陽みたいな人…。風谷 蓮太って言うんですけど知ってますか?
たぶん、舞さんと同じ小学校だったと思います…。」


舞さんが、髪をとく手をとめた。

「え?レンくん?あのレンくんかぁ…。」

舞さんの声には懐かしむような響きが込められていた。

「覚えてるよ。いつもたくさんの人に囲まれる人気者で、小学生なんてまだまだ、子どもでしょ?和斗も子どもらしくなかったけど、レンくんは、違った意味で子どもぽくなかったな。

爽やかというか、馬鹿なことしないみたいな感じ。

なんっていうか、下ネタで喜んだりする感じじゃないみたいな?

でも、かわいい顔して意外と熱くって、よく和斗に対抗心燃やしてたな。その頃から、私和斗の事が好きだったけど、つい小さいのに頑張ってるレンくん見てると応援したくなっちゃってた。」

ふふっと、笑いながら舞さんは、スッと私に鏡を差し出した。

鏡で自分の顔を写す。

すごい!!私の長すぎるほどの髪の一部を三つ編みにして、上へ持ってきていて、三つ編みのカチューシャみたいになっていた。

「かわいい!!ありがとうございます」

私が振り返って笑うと、舞さんも嬉しそうに微笑む。

「あのね、おしゃれって大事なんだよ?素敵な自分でいると、気分も上がるしきっと元気が出てくるよ。それに、レンくんがいつ来てもいいように、かわいくいなくっちゃ!」


その、言葉に少し戸惑う。

「でも、レンは…。」

「レンくんは、きっと来る!」

私の前髪を整えながら、ニッコリした。

「レンくんは、また会いに来るって言ったんでしょう?なら、絶対に来てくれる!私、レンくんとそんなに話したことないけどレンくんは、そういう人。大丈夫。」

舞さんの笑顔は、かげりがない。よく笑う舞さんは、レンと似てないのに似ている気がして、舞さんの大丈夫は大丈夫だと思わせてくれる心地よさがあって、秋の夕暮れの空気は少し冷たいはずなのに心が温くって優しい気持ちになれた…。

そして、やっぱり夕日に照らされたキキョウは美しかった。


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