約束のキミを。
今日も、勝くんと屋上へ行き、「千奈ちゃん元気にしてるかな?」なんて、二人で話しながら部屋へ戻る。
ガラガラ
ドアを開けると、そこには見た事ない女の子が立っていた。その子はこっちに背を向けていて、窓から差し込む光が反射していてよく見えなかった。
「あの…。」
その子の背中に向かってそっと声をかけると、その子が振り返り顔が見える。
私より少しだけ高く見える身長だけれど、スタイルがよくって胸が大きくて、すごくくびれていた。
それをさらに強調するかのように、紫色の肩出しのニットと、黒いミニスカートにとても薄い黒い生地のタイツ。
小顔で、猫みたいな少しつり上がった感じのアーモンド形の大きな瞳。その下に一つ付いた泣きボクロ。
茶髪のような肩くらいまでの髪はウエーブがかかっていてハーフツインテールをしていた。
黒と紫の濃い格好をした、キツそうな顔のその子を見て、とっさに私は魔女みたいだななんて、思ってしまった。
「あんたが、『みく』?」
ボォーとしている私に、睨みつけるような目で見てくる。
「はい…。」
ふーん。というように私のことを上から下まで何度も眺め回す。
「地味ね…。」
彼女はボソッと呟いた。
「それよりさ、あんたの後ろにいる背の高い男、あんたの彼氏?」
私の後ろにいるのは、勝くんだ。
勝くんは、一歩進み出ると
「お前に上からものを言われる筋合いはないんだけど。」
と、勝くんはウザイという感じの響きのある声でその子を睨みつけた。
女の子は、そんな勝くんを、足を組み、左手の指で自分の髪をクルクルと巻き付けたりしながら見ていた。
「反応的に、彼氏じゃなさそうね、残念!」
そういいながら、彼女は私に歩み寄って来る。
「あたし、美森 乃愛(みもり のあ)。レンの幼な馴染みで、レンとのフィアンセだから。」
固まる、私の正面に立つと彼女は微笑んだ。笑った顔からは、少し尖った、八重歯が見えた。
「フィアンセ?」
「そう!フィ・ア・ン・セ♡レンがね結婚の約束をしてくれたのよ!だからね、レンは、あたしのものなの!」
ウフフと笑う彼女は、なんだか怖かった。
「なのにさー、レン私に入院してたこと言わなかったんだよー!信じられなーい!言ってくれれば毎日つきっきりで看病したのに…。」
ボヤくように独り言を言う。
そういえば、レンのサッカーの仲間は何度かレンのお見舞いに来ていたし、手術にも駆けつけていたと聞いた。
けど、この子を呼ばなかったのはなぜだろう…。心配かけたくなかったからとか…?
「それは、ただお前が嫌われてるだけだろ。いきなり来てなんなんだ。用がないなら帰れ。」
勝くんが私をかばうようにして、冷ややかな目で乃愛さんを見た。
「うっさい!あんた邪魔!
それにね、最近レンの様子が変なの!
問いただしても答えてくれないし、サッカーの練習が終わっても、どこかにサッと姿を消して、帰ってくるのが遅いし、朝練ない日でも、朝早くに出ていって、いつも眠たそうにしているか、心ここにあらずって感じ!
手とか傷だらけの時とかあるし、本当に意味分かんない!
入院する前はそんなことなかったのに!
だから、入院中何してたの?って聞いたら、「みくって子仲良くなったよ」って微笑んだの。
信じられないよね?私いない間に他の女と親しくするなんて…。」
キッと私の事を睨みつける。
なんだか、恐ろしくて縮み上がってしまう。
それと同時に、レンのことが心配になる。
「それに、レンは進んで女子の事を私に話したりしない!
というか、レンが退院してからあたしに微笑みかけてくれたのってそのみくっていう子の話をしてくれた時だけなの。
おかしいでしょ?」
そう言うと、美森 乃愛さんは私の顔をグイってのぞき込んだ。
「あんたレンになんて言ったの?
なんて言ってレンをそそのかしたの?
あたしのレンなんだからね!」
覗きこまれた目を私は、じっと見つめ返した。
乃愛さんの目の鋭さの奥に、寂しさがこもっているような気がして、なんだか舞さんに初めて出会った時怒り散らした自分と似ている気がした。
私は、私の前に立ってくれた、勝くんよりもさらにもう一歩前に進みでた。
「私は、そそのかしてなんていない。レンは、私の大事な友達。」
キッパリと言った。相手の目を見据えて言えたんだ。
私は、レンに出会ってから強くなった。
目を見て言いたいことを言う。舞さんにその大切さも教わった。
レンは私の大切な人。
「本当に友達?会いに来てくれないんでしょ?
あたしの方があなたよりも長く側にいてこれからも側にいられる。
あたしのほうがレンのこと大好きで大切に思ってる。
それとも、あんたは恋愛的な意味でレンのことが好きなの?
違うならいいじゃん!引っ込んでてよ!」
恋愛的な好き?
すき
スキ…。
わからない…。
だって、私は、千奈ちゃんが好きで、お父さんが好きで、お母さんが好きで、和斗が好きで、舞さんが好きで、勝くんが好き。
そして、
レンも大好き。
だって、好きは好きだもの。かけがえのない人たちだもの。
「わからない…。それは…。わからないよ…!!それじゃダメなの?ただ、普通に側にいたいと、会いたいと思うのはダメなの?わからなかったら、引っ込まなきゃいけないの?」
じっと見つめ返したまま、私は言った。
「ダメよ!あなたがレンを大切に思って特別だと思っているのは、レンにたまたま優しくされたからじゃない?
レンは、誰にだって優しいの!
もしも、レンに出会う前にこの男に優しくされてたら、この男でも良かったんじゃない?」
勝くんのことを真っ直ぐに指差しながら言う。
私は、ますますわからなくなる…。だって、初めて私に優しくしてくれたのはレンなのは事実。
誰でも良かったの?わかんない…。だって、他なんて考えたことないもの…。
戸惑う私を見て、彼女は不敵な微笑を浮かべ
「まー、いいわ。レンここに退院してから来てないんでしょ?しょせんその程度の関係だったのよ。じゃーね!」
乃愛さんは、カツカツとヒールの音をさせて、病室を出ていく。
私は、胸が苦しくていっぱいで、いっぱいだった…。