樹の生えた彼と私の奇妙な恋
そのバーは会社からの帰り道の商店街にポツンとあった。
古い白い看板にGとだけ書かれていた。
最初は古い喫茶店だと思っていたが、時々中を覗くとバーのようだった。
ある時前を通っていると私の好きなボブ・ディランの新しいアルバムが流れているのに気付いて思い切って入ってみた。
店は古い喫茶店を改装してバーにしているようだった。
狭い店内にカウンターがあり後ろに大量のレコードとCD、DVDが棚にきちんと置かれていた。
大きなテレビも有り古い映画が無音で写し出されていた。
「いらしゃしいませ。」
小柄だがガッチリした身体つきの中年の男が少しだけに口の端だけあげるようにして言った。
後から分かったのだがそれがここのマスターの後藤さんの笑い方だったのだ。
ジーンズにTシャツを着て髪を短くしたマスターは若く見えたが白髪がちらほら見え四十代半ばだろうと思えた。
Tシャツから出てる腕が太いのに少し驚いたが、親しくなって聞いてみると昼間はジムのインストラクターをしていてそちらが本業だとの事だった。
こんなマニアな店は儲からないよと教えてくれた。
私は初めて行った時にジントニックを二杯程飲んでボブ・ディランの新しいアルバムをゆっくり聴いた。
初期のボブ・ディランのも好きだが歳をとってしゃがれた声になったボブ・ディランのは更に好きだった。
その時は客は一人だったがこのバーの雰囲気が好きになっていた。
それから時々寄るようになったがいつも古いロック系が流れている訳では無くてジャズの事も有れば八代亜紀が流れている事もあった。
マスターは八代亜紀を良いよなあとしみじみ言ったりもしたから改めて聞いてみると確かに良かった。
酒に合うのだろうかとも思った。