樹の生えた彼と私の奇妙な恋
マスターの格好はいつもジーンズにTシャツでバンズのスリッポンを履いていた。
Tシャツの柄や色は変わるがバンズの白のスリッポンとジーンズはいつも同じように見えた。
ジーンズは同じようなストレートの物を何本か持ってるようだった。
彼に初めて会った時にはマスターの親戚かと思った。
雰囲気がマスターに似ていたからだ。
Tシャツにジーンズにスニーカー太い腕と雰囲気が似ていた。
違うのが彼の方が少し背が高くて髪が長く若い事だった。
彼はマスターにテキーラを注文すると五木ひろしを掛けてよと頼んだ。
カウンターが狭いために私の席を一つ空けた所に座った彼はそういうとテキーラをきゅっと飲んだ。
マスターがもう一杯を彼に勝手に注ぎながら今日はプリンスの日だから駄目だとキッパリ言った。
「今日から一週間はプリンスしか流さない。リクエストには応じないよ。」
彼はもう一度テキーラをきゅっと飲むと煙草を取り出し吸いながら言った。
「だけど、これはシーラEじゃない。まあ、ファミリーだからいいんだね。」
彼はそういうと煙草を深々と吸い黙りこんだ。
怒ってるとかでは無かった。
何かを考えてるのか何も考えてないのかその目は何処を見てるのか分からなかった。
私はこの時点で彼の事を好きになっていたのだと今では思えるが、その時は変わった人なのかなと思った。
彼は後頭部を軽く掻くとプリンス死んだんだよなと呟いた。
私はプリンスが死んだ事より彼が掻いた後頭部にに小さな樹が生えているのに気付いた。
それは小さいが間違いなく樹だった。
彼は私の視線に気付いたの手短に答えた。
「これは樹だよ。春になれば小さな花も咲くよ。高校の時からなんだよ。」
それだけ言うとテキーラのお代わりをマスターに頼みながら煙草を吸った。
私は不味い事を聞いたのだろうかと思い顔が赤くなるのを感じたがマスターが私に向かって軽く下手なウィンクをして来てくれた為に気が少し楽になった。