樹の生えた彼と私の奇妙な恋
きっかけは些細な事だった。
私は彼と出会った店で少し飲みすぎていたのだと思う。
彼が俺はボブ・ディランは初期が好きだよ。
今の声は味があるのを通り越してる気がするんだなとボソリと言ったのがカチンと来たのだ。
私は貴方みたいな頭に樹の生えてる人にディランも理解して欲しいとは思わないわよ。樹を切って出直して来なさいよと言ってしまった。
飲みすぎていたのもあったし生理が珍しく重くてイライラしていたのだと思う。
私は言った後でしまったと思ったが彼は意に介してないように煙草を深く吸うとそのままの姿勢でいた。
しばらく沈黙が続いて彼は言った。
そういう言い方をされて傷付かない強い心が欲しいよと…
彼はもう一度煙草を深く吸うと立ち上がって会計を済ませると店を出た。
私は追いかけようと思ったが脚が全く動かなかった。
重い石を脚に乗せられてるように全く動かなかった。
マスターが首を振りながらCDをディランの初期のアルバムに替えた。
それから彼にいくら連絡とっても全く連絡が取れなくなった。
そういう日が二週間程続いた。
私は確実に彼を傷つけてしまった事を後悔しながら過ごした。
それは夏だと言うのに冷えた身体に延々と雨が降り続くような日々だった。
マスターにも相談したが、返ってくる返事はなるようになるよだった。
私は思い切って彼の職場に仕事を早めに切り上げて尋ねたが現場に行ってると言われてその場所を教えて貰った。
近くの古いビルの補修をしてるらしかった。
私はそのビルの出口で待つことにしたが、曇り空だったのが雨が降り始めた。
天気予報では今日は晴天のはずだったのにと思いながらビルの出口の軒先で私は彼を待った。