また、部屋に誰かがいた
しばらくしてタクシーは目的地である「西町小学校」の近くにさしかかった。

「お客さん、もうじき小学校ですけど、この近くとはどの辺でしょうか?」

「………」

後部席の若い男は何も答えない。
相変わらず小声でぶつぶつとささやいているだけだ。

栗原は恐る恐るバックミラー越しに乗客の様子を覗った。

そのとき

「そこのお店に寄ってください」

後部席の男が突然、口を開いた。

それは国道沿にある24時間営業のディスカウントストアだった。

「ちょっと買い物して、すぐ戻るんで少し待っててもらっていいですか?」

店の前にタクシーを停めると客はそう言って、栗原が開けたドアから車を降りて店内へと入っていった。

「何をビビッてるんだ?今日の俺はどうかしてるな…」

店の周りは明るく、かすかに店内から聞こえる音楽や店に出入りしている人々を見て安心した栗原はそんな独り言を言った。

しかし、あの客がこのまま運賃を踏み倒して逃げたら…
やはり、ここまでの分を貰っておくべきだったか?

栗原の胸に、そんな不安がよぎったころ、客が店から出て来て、タクシーの方へ戻ってきた。
見たところ買い物袋は手にしていない。おそらく初めから持っていた黒い手提げカバンに入るくらいの大きさの買い物だったのだろう。

栗原が再びタクシーを発進させると

「次の信号を左折してください」

そんな後部席からの声に従いタクシーは交差点を左折した。
そしてそこから少し走ったところで、再び後部席の男が言った。

「ここで停めてください」

そこは新しい、白い壁の2階建てアパートの前だった。






< 111 / 147 >

この作品をシェア

pagetop