また、部屋に誰かがいた
「黒崎、スマホを出せ」

「はい」

カケルがポケットからスマホを取り出して、相馬に渡すと

「いいか、下界に降りる前に、これに対象者のデータがインプットされている。」
相馬が画面を操作すると、
「これが、対象者が最期を迎える場所と、残り時間だ。これによると柳沢泰江は6日と10時間後に彼女が住むアパートの自室内で死ぬことになっている。」
「自室内って、自殺でもするんですかね?」
「いや、予定では『病死』となっているな。」

2人がそんなことを話していると、駅前に柳沢泰江が現れた。
彼女は郵便局に10分ほど入ってから、そこを出て次に商店で何やら買い物をしていた。
つつましい服装で、にこやかな顔で商店主と会話する泰江は1週間後に病死してしまうようには見えなかった。
また、カケルの脳裏には昨夜、資料で見た泰江の近況と彼女の現在の思いが、よぎっていた。
カケルには彼女の「寂しい」という感情が痛いほど伝わっていた。

泰江がアパートに戻ると、入口にスーツ姿の女性が立っていた。
その女性に泰江は
「あら、高田さん。ごめんなさい。お待たせしちゃったかね。」
「いいえ。さっき着いたばかりですし、お約束していた時間には、まだ早いですから。」

「今日は高田さんが来る日だと思ったから、美味しいお菓子買ってきたのよ。お茶いれるから召し上がっていってね。」
「ありがとうございます。いつもすいません。」

高田は一人暮らしの高齢者を定期的に訪問している市役所の職員だった。

泰江と彼女が部屋に入っていくのを見届けて、カケルたちは泰江の部屋のドアの前に移動した。

部屋の中からは、2人のとりとめない世間話に混ざって、
「柳沢さん、お子さんと同居についてご相談されました?」
「いいえ。私は一人での気軽な暮らしが合っているんです。」
「でも、健康なうちはいいですけど、ご病気になられたりしたら…」
「そのときは、子供たちの世話になりますよ。でも元気なうちは、このままで私は満足なんです。」
泰江は高田にそう言っていたが、彼女が「寂しい」と感じていて、子供たちとの同居を望んでいることを、カケルは知っていた。
「じゃあ、また来週、同じ時間に来ますね。今日もごちそうさまでした。お菓子美味しかったです。」
「いえいえ。高田さん、いつもありがとね」

高田が帰った後に、食器を片づけて、部屋の中央に座ってお茶を飲む泰江は
「ふう…」と息をもらした。

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