また、部屋に誰かがいた
柳沢和美は深夜に目が覚めて部屋を見渡した。
たった1年の結婚生活の後、離婚して一人身になってからもう15年暮らしている東京郊外のマンションの寝室で

その夜、彼女は久しぶりに母の夢を見た。
そして急に母親のことが気になって、そのまま、その夜はしばらく寝付けなかった。
久しぶりに母親の夢を見たことも不思議だったが、彼女はその夜、「部屋に誰かがいた」ような、そんな気がしていた。
早速、彼女は翌日兄の竜司に電話した。そして、他の3人の兄弟たちにも。
以前から彼女は父親が亡くなってから1人暮らししている母親を気にかけていた。

「母親を東京に呼ぼう」と提案するため、彼女は兄弟を集めようと考えたのだった。

和美から「母親のことで皆と話し合いたいことがある」と電話を受けた竜司も奇妙な偶然を感じていた。

その前夜、彼は久しぶりに母親の夢を見て、深夜に目を覚ました。その翌日に妹の和美から電話が来た。
目を覚ました時に感じた部屋の中の違和感も含めて、彼は不思議な思いのなか、和美と同様に母親のことを考えていた。

しかし、カケルは焦っていた。
「違うんだ。とにかく皆で母親に会いに行け。お前らの母親は6日後に居なくなるんだぞ」

泰江の子供たちのもとに行き、彼らに母親のことを思いださせることまではできたが、その次がうまく伝えられなくて、そのもどかしさを感じていた。

「しょうがないだろ。彼らの母親の死期が迫っているなんて言っちゃいけないし、そもそも言っても信じてもらえないだろうしな」
「でも相馬さん。なんとか伝える方法はないですかね」
「難しいな…それは。
それに、あまり対象者に関わり過ぎるな。そんなんじゃ冷静に最期を見届けられないぞ」
「………」

いよいよ泰江が最期を迎える前夜。カケルはこの日も泰江の子供たちのもとを訪れていた。

「頼む!わかってくれ!早くしないと、お前らはもう母親に会えなくなるんだぞ!」
しかし深夜、ベッドで眠る長女の和美に、その声が届くことはなかった。

そして、いよいよ泰江の最期の日が訪れた。

カケルが見つめるスマホの画面は彼女の命が残り1時間となっていることを表示していた。

泰江はその夜も部屋で一人で夕食をとっている。

「そろそろ行こうか」
相馬に声をかけられ、カケルは彼の後ろに付いて泰江の部屋に向かった。

そこには、布団のうえで眠る泰江がいた。
彼女の命は、もう残りわずか。

「お迎えが来たね…」泰江が呟いた。
「子供に恵まれ、忙しくて、大変だったけど…でもね…でも…」

相馬とカケルは無言で泰江を見守っていた。

その言葉が最期の言葉だった。
泰江は幸せそうな微笑みを浮かべていた。

「相馬さん…このひとは…」

「ああ…」

やがて、柳沢泰江は息を引き取った。急性心不全。
その最期は、とても静かに、安らかなものだった。



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