また、部屋に誰かがいた
その後、真奈美の通報によって駆け付けた警察官の立ち合いの元、室内を詳しく確認した結果、盗まれたものは何もなく、気味の悪さだけが残った。
最寄りの警察署に足を運んで相談もしたが、その具体的な証拠として提出できるものの全てを見せても、彼らの反応は薄く、
「付近のパトロールを強化しますが、ご自身でも夜間の外出等は避け、用心なさってください」
という警察官の言葉を不本意ながら受け入れるしかなかった。
しかし、何者かが周辺を付きまとい、家を監視し、さらには家のなかにまで侵入しているという疑いは彼女の中で確信に変わっていた。

「怖い…。でも私は母親なんだから、怖がっているだけじゃだめなんだ」
ブランコで遊ぶ健人と彩奈を眺めながら、彼女は心の中で呟いた。

子供たちを公園で遊ばせて、家に帰ってから、真奈美はキッチンで夕食の準備をしていた。
テーブルを挟んで向こう側では子供たちがテレビを見ている。
それに背を向ける状態でキャベツを刻みながらも、彼女の頭の中は不審な侵入者に対する不安でいっぱいだった。

「いったい誰が、なんの目的で?」

こんなとき夫がいてくれたら…。あんな浮気性の夫でも大人の男性がいてくれれば多少は安心できるのに…。そんなことを考えていると突然

ガシャンと真奈美の背後で大きな音がした。
子供たちがいた方向からだ。慌てて振り返ると彩奈が棚の前で倒れて泣いている。その傍に健人が立っている。
「うわああああああん」火が付いたように泣き出した彩奈に真奈美は駆け寄り、やさしく抱き起しながら
「大丈夫?どうしたの?」
「お兄ちゃんが突き飛ばした!わあああああん!」
彩奈は泣き叫ぶ。
「健人!どうしてそんなことするの!」真奈美は健人に厳しい口調で問いただすが、健人は俯いたまま、何も言わない。そんな息子の態度に彼女は思わず
「黙ってちゃ、わからないでしょ!なんとか言いなさい!」と怒鳴ってしまった。
その言葉に健人は、一瞬、ぞっとするような目を真奈美に向け、そして小さく呟いた。

「………死んじゃえばいいんだ…」

「………!」
息子が放ったあまりに衝撃的な言葉に、真奈美は絶句してしまった。
健人は、少し真奈美たちと距離をおいて、さっきまで彼女がいたキッチンの流し台の前まで行き、背を向けた。
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