また、部屋に誰かがいた
「うええん…ひっく…ひっく…」
「どこも痛いところない?さあ、もう泣かないで」まだ泣き止まない彩奈をあやしながら
真奈美は健人が発した思いがけない言葉での動揺がおさまらなかった。
(息子があんなことを言うなんて…)
彼女が知る健人は、これまで、どちらかといえば優等生的な「よいこ」だった。
離婚したことで、母子家庭となってからも不満を口にすることもなく、むしろ真奈美の体を気遣い、妹の世話もしてくれていた。だが、健人は我慢をしてたんだ。
親思いなあの子は子供に許されるわがままを自分のなかに封じ込んで、「さみしい」という感情を母親に伝えることまで我慢してきた。しかしそれが爆発した瞬間だったのだ。
それに加えて、特に最近の真奈美は例の不審者の気配にナーバスになっていて、そうしたことも健人に伝わり、それが彼にとって大きなストレスになっていたのかもしれない。

彩奈と顔を合わせ、その涙を拭いてやりながら、彼女は、いま背後の流し台の前で立ち尽くしているであろう健人の心中を思い、胸が痛んだ。
(健人に何と声をかけてあげようか?最近私がイライラしていたのが、あの子に伝わっていたんだ。それなのに…あの子にきつい言い方をしてしまった)
ようやく泣き止んだ娘は彼女の腕の中で眠そうに目をこすっている。
(警察も当てにならないし、私がこの子たちを守らなきゃ…でも、どうすればいいんだろう?)
さっきまでの喧騒が嘘のように部屋の中は静まり返っていた。しかし、そのとき

バァン!!

突然大きな音がした

バァン!バァン!バァン!

誰かがリビングの窓を叩いている。
彩奈を抱きしめたまま真奈美は急いで健人のほうへ振り返った。背後にいた健人も音のする方を見ている。

(やめて!やめて!やめて!やめて!)

真奈美はあまりの恐怖からパニックになってしまった。
窓にかかったカーテンの隙間あたりのガラスを叩いているようだったが、わずかな隙間から覗ける外も暗くて叩いている人物の顔までは到底わからない。

「なんなの!誰なの!いい加減にして!警察呼ぶわよ!」

そんな真奈美の言葉を聞いてか、窓ガラスを叩く音は止んだ。
震えが止まらない彼女の細い腕の中で彩奈は身を固くしている。健人は2階にある彼の部屋の方へ駆けて行ってしまった。

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