また、部屋に誰かがいた
「国会議員山上良三氏が現在、疑惑となっている贈収賄容疑で、本日、起訴されました」

駅前の商業ビルに付けられたオーロラビジョンで、そんなニュースが告げられる中、達也は駅前の雑踏のなかにいた。

「達也~、ごめん。遅くなっちゃって…」

森下侑里はそう言いながら、走って切らした息を整えながら、達也の前に立った。
180センチ以上ある長身の達也の胸のあたりにも届かない小柄な彼女は、着ている婦人用スーツも、まるで七五三のように見えるほど幼い顔立ちをしていた。

「大丈夫だよ。俺も、ちょっと遅れて着いたから」
達也より2歳年下で、この駅の近くで勤める彼女との交際は3年になる。
達也と同じ大学をこの春卒業し、大学に残った彼とは異なり、今では立派な社会人。すっかり忙しくなってしまった彼女に会うのは1週間ぶりだった。

「どう?会社には慣れた?」
「う~ん…まだだめだな…先輩方も皆、やさしいんだけど…。」
「そっか…さあて…どこ行く?侑里、腹減ってるだろ?」
「そうだなぁ…達也は大学の近くが都合いいんでしょ?」
「いや。今夜は自分の部屋に帰ろうと思ってる。」
「どうしたの?教授に怒られちゃったの?」
「そういうわけでもないけど、最近ずいぶん帰ってないし、帰ろうかな…って」
「じゃあ明日は休みだし、久しぶりに達也の部屋に行こうよ。ご飯は凝ったものは無理だけど私が作ってあげる」
「そうだな。そうしよう」

二人は待ち合わせた場所から電車で1時間ほどかけて移動し、駅前のスーパーに寄ってから達也のアパートに到着した。

窓に付けられたエアコンがガタガタと音をたてる1Kの小さなアパートのなかは、まだ蒸し暑かったが、侑里は夕食の準備を始めていた。
やがて、出てきた料理は確かに「凝ったもの」ではなかったが美味しかった。

「美味いっ!」
「でしょ!でしょ!こんな料理上手な彼女がいて達也は幸せもんだよ」
「はいはい…」

達也は侑里が大好きだった。
いまだ学生の身分であることから遠慮してるが、結婚したいと考えていた。
侑里から「結婚」という言葉がでることはなかったが、彼女は達也の将来を信じ、二人の未来も考えてくれているようだった。

その夜、ようやく涼しくなったアパートに侑里は泊まった。
そして、二人は抱き合って眠った。

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