また、部屋に誰かがいた

2001と2016

日本犯罪史上最悪の連続殺人事件の犯人、吉本健人(24歳)の逮捕は、突然、犯行パターンを変え、現行犯で捕まるという不可解にも思える結末だった。
駅前の通りで侑里の命を奪い、その20分後に彼が逮捕された場所は達也のアパート付近の路上だった

返り血を浴びて真っ赤な状態で、凶器のナイフも所持したまま、犯行現場近くに留まっていたところを駆け付けた警察官によって逮捕されたのだ。
また、健人は15年前に埼玉県南部の新興住宅街で発生し、いまだ未解決事件として有名な「親子惨殺事件」の被害者であり、唯一の生き残りとして当時、テレビや週刊誌等でも多く取り上げられていたため、その逮捕にマスコミは騒いだ。
いったん埼玉県警に拘束された彼は、その日のうちに取り調べのため、警視庁本庁に移送される。
そのため本庁の周りには集まったマスコミ関係者で溢れていた。

一方、達也はそのころ静かに横たわる侑里の傍らにいた。実際に、その姿を自分の目で確認するまでは最後まで「人違い」を期待していた達也だったが、病院の霊安室に侑里はいた。
その顔はきれいなままで、昨夜、達也の隣で見せていた寝顔のようだった。
いま起こっていることが現実だとは考えられずに、それでも涙だけは溢れて、止まらなくて。

「昨日、俺のアパートになんか行かなければ…」
まさか殺人鬼が近所にいたなんて想像もできなかったことだが、彼は悔やんだ。

そんな達也に壁際に立っていた警察官が
「我々は再び本庁に戻りますが、良かったらお送りしましょうか?」

病院を出た達也を、警視庁の刑事たちが再び警視庁本庁まで送ってくれた。
教授はまだ、そこに残ったままだったし、慌てて病院に向かった達也の荷物もそこに置かれたままだったからだ。
本庁に戻った彼を、武田教授は彼らしい不器用な言葉で慰めた。
パソコンや資料などの荷物をカバンに収め、教授といっしょに警視庁を出ようとしていたころ、時刻は16時になっていた。建物周辺は大勢のマスコミ関係者で騒がしい。
しかし、そんな喧騒も達也の耳には、まるでテレビから漏れ聞こえる音のように、現実味のないものに感じた。
教授からの電話で起こされてから、まだ10時間となっていない「今日」という日を彼は現実として捉えることができず、全てに実感のわかない幻想のなかにいるような気がしていた。

やがて近づいてきた車に、そこは騒然となった。
「おい!来たぞ」一斉にカメラを構える報道陣の脇を抜けて歩道を歩く達也の横をゆっくりと車が通過する。

その後部席に「やつ」がいた。大事な侑里を殺した犯人だ。

車のガラス越しに一瞬、達也と吉本健人は目が合った。
そしてやつは達也を見て…



ニヤリと笑った。

「………!!」

思わず立ち止まり、湧き上がる激しい怒りに達也は全身の血が沸騰するのを感じた。

(あのやろう…俺を見て笑いやがった…)

全身の血が熱く逆流するかのような怒りで、手が、足が、体が震え、胸とこめかみが鳴る。

ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…

そして、達也は視界が暗くなっていくのを感じていた。
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