また、部屋に誰かがいた
どれぐらい時間が経ったであろう。
気が付くと達也は見知らぬ公園のベンチの上にいた。

(あのとき気を失って、教授がここに寝かせてくれたんだろうか?)

そう考えたが、教授の姿はない。ゆっくりと立ち上がり、ふらふらと歩き始めた彼は公園の外に出た。
周囲はすっかり暗くなっている。
(ずいぶんの間、気を失っていたんだな…)

公園を出ると、車のエンジン音、通行人の声、信号機の音といった街の音に包まれた。
達也が歩く前方に地下鉄の入口が見える。
…が、そこに描かれたマークと地下鉄会社名の文字に彼は立ち止まってしまった。
それらは以前そうであったが、いまは違うものに変わっていたはず。
改めて周囲を見渡すと、そこは彼がよく知っているはずの街なのだが、
しかし彼が知る風景とは似ているが異なっている。

「なんだ?いったいどうなっているんだ?」

いきなり飛び込んでしまった「異世界」に彼はうろたえてしまった。
彼の隣をすれ違っていく通行人たち。視界に入る車や建物、ネオン。
それらが、彼とは異質の世界にあるもののように感じた。

さっき見た地下鉄の入口に書かれてあった駅名から、ここがどこかはわかる。しかし、彼が今いる場所は…?

「まるで、懐かしい昔に戻ったみたいだ…」

駅前にハンバーガーショップの赤い看板が見える。
入口に「平日半額」と書かれてるのを見ても、彼がまだ小学生だったころのものだ。
売られていた新聞で日付を確認すると、そこには2001年9月4日。

頭の中は混乱するばかりで、自らの顔を体を触ってみるが、はっきりとした感覚があり夢ではない。
(いったい俺はどうなってしまったんだ?)
パニックになってしまいそうな自分を落ちつかせながら、彼は今自分が置かれている状況を分析してみた。
間違いなく今、彼がいる世界は2001年のようだ。それは間違いない。

しかし、なぜ、そんなことになってしまったのか?どうすれば元に戻れるのだろうか?
そして、もしもこのまま戻ることができなかったら…?

いろいろ考えても頭の中が混乱するばかりで、解決方法は思いつかない。
相変わらず、異国のように感じる雑踏のなかを、あてもなく歩く達也は選挙用ポスターが貼られたボードの前を通った。
何気なく見ると、そこには「クリーンな政治を」とのスローガンを掲げた山上良三のものが貼られてあった。
侑里と最後の食事をしたあの日、汚職事件で起訴された国会議員だ。

「ふざけやがって!」混乱して、冷静さを失っていた彼は思わず、そのポスターを破いてしまった。そのとき、

「おい!君!何をしているんだ!」

急に大きな声でとがめられて、振り返ると制服を着た警察官が立っていた。

「まずい」思わず達也は逃げるために駆けだしていた。
「おい!待て!」警察官が後を追ってくる。

(ちくしょう!いったいなんだっていうんだ!どうなってるんだ!)

警察官から逃れるために走る達也の心臓がバクバクいっているのがわかった。
(やばい…最近、あまり運動してなかったからなぁ)そう考えながら走る彼の鼓動はいっそう強く、早く高鳴った。

ドクン…ドクン…ドクン…ドクン…

(だめだ…もう…走れない…)意識が遠くなっていくのを感じながら、再び彼の視界は暗くなった。



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