また、部屋に誰かがいた
「がたっ!」
また、隣の部屋から物音が聞こえた。
驚いて一瞬体を固くした佐和子は、しばらく動くことができなくなっていたが、やがて落ち着きを取り戻すと、
「なんだろう?いったい」
昨夜から続けて起こった奇妙な現象に対して、その音の原因を突き止めたいという好奇心と気味の悪い恐怖心が交差するなかで、隣の部屋のなかを見てみようと決心した佐和子はゆっくりと立ち上がった。
しかし、そのとき

「うああああああああああああああああああ!」

いっさい声をだすことのなかったベッドのうえの母が叫んだ。
「え!どうしたの?お母さん」
慌てて母の隣に寄り添い、そう尋ねる佐和子に答えることもなく

「うああああああああああああああああああ!」

母は叫び続ける。そしてその叫び声に呼応するかのように

「がたっ!がた!がた」
隣の部屋からは不可解な音が…

「お母さん!お母さん!」
叫ぶ佐和子の耳に、これまでとは違う音がした。

みしっ…みしっ…みしっ…

誰かが歩いている?

古い日本家屋独特の床がきしむ音がする。
言い知れぬ恐怖と戦いながら、意を決して佐和子は音のする隣の部屋を仕切るドアのノブに手をかけた。そのとき

「開けるな!」

母が叫んだ。それと同時に隣の部屋の物音が止んだ。

再び辺りが静寂が包まれるなか、佐和子は自ら封印していた記憶を呼び覚ましてしまう。
父がいなくなった日、その夜、まだ幼かった佐和子はキッチンから続く、例の部屋から妙な物音がしていることに気付く。
それは、
ざっ…ざっ…ざっ…
シャベルのようなもので地面の土を掘り返しているような音。
「何をしているんだろう?」と疑問に思った佐和子がその音のする部屋のドアノブに手をかけたとき、
そう、今と同じ状況。
「お母さん?いるの?何してるの?」
そう尋ねた彼女に部屋のなかから母の声がした。
それは、彼女が知っている優しい声ではなく、低く、おぞましい声。

「開けるな!」

それから長年に渡り、母親が隠し続けた秘密を悟った佐和子はドアノブに手をかけたまま立ち尽くしていた。
部屋の中は静かなまま、母は静かに眠っている。
昨夜と同様に冷蔵庫の音だけがブーンと唸っていた。





「部屋に誰かがいた」






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