また、部屋に誰かがいた

男の質問は続く。
「親に捨てられたのはいつ頃ですか？」

「去年だ」

「去年って？あなたは見たところ２０歳代後半くらいに見えますが…」

「それが…？何か変ですか？」

「いや…話を続けてください」

「父親が…本当はあんなやつ『父親』なんて立派なものじゃないんだけど…」


大学を卒業した僕は地元の不動産会社に就職した。全ての発端はあの日の朝だった。

「コウちゃん！ほら、起きなさい。会社に遅刻するわよ」

母親の声に時計を見ると、８時になっている。

「どうして、もっと早く起こしてくれないんだ！遅刻しちゃうよ！」
「何度も起こしたわよ。でもコウちゃん返事だけで全然起きてこなくて…」

僕は慌てて起きて、急ぎ支度をすると会社に向かったが、会社に着くと既に朝礼が始まっていた。

「お前！また遅刻か！もう３回目だぞ！」
頭の悪そうな会社の上司が大きな声で叱責してくるので、僕は
「母が起こしてくれなかったんです」と遅刻の理由をちゃんと説明した。
それなのに
「ばかやろう！」
上司は理不尽に僕を怒鳴った。あんな会社にはもう行きたくない。
父親がその会社の社長と知り合いだったので、僕はその上司をクビにするよう言ってくれと頼んだ。
しかし彼は何もしてくれなかったので、しかたなく僕は会社を辞めるしかなかった。

それから数日、僕は部屋に籠ってパソコンを眺めていた。
しかし、そんな僕に父親は言った

「お前も少しは自立した方がいいから、近所のマンションに部屋を借りてやる。生活費は毎月渡すから、そこで一人暮らししたらどうだ？」

「私もそうしたほうがいいと思うわ。時々様子を見に行くから」

そんな母親の言葉を聞いたとき、僕は一瞬、かっと頭に血がのぼった。
（そもそもあの日、起こしてくれなかったお前のせいで僕はこうなったのに…）

でも僕は何も言わなかった。
僕さえ我慢すればいい。そうやって僕は自分を苦しめてきた。