また、部屋に誰かがいた
「あなたの生い立ちが不幸だったという話はわかりましたから、西尾百合奈を殺害に至った経緯を説明してください」
なぜか、男の声が少し苛立っているように聞こえた。
しかし、僕は気にせず、その質問に答えた。

「だから…あいつが決して許されない裏切りをしたからだ」

僕が初めて彼女を知ったのはテレビのバラエティ番組だった。
そこに映る彼女に魅かれた僕はネットで彼女に関する情報を集め、ファンイベントにも参加するようになった。
決して不潔な欲望があったとか、くだらない下心があったというわけではない。
彼女に感じた純粋さが僕に通じるものがあって、その彼女が一生懸命頑張っている姿を見て、助けてあげようと思ったからだ。
彼女の夢を叶えさせてあげることで、僕が得をするわけではない。
しかし無償の施しを彼女に与えようと僕は思ったんだ。

イベントの握手会で

「ありがとうございます」

笑顔でそう言った彼女に、僕は

「頑張ってください」とは言わずに、「あまり頑張りすぎると…君も壊れちゃうよ」と告げた。

そのときの彼女の気持ちは想像がつく。
たぶん、彼女にとって僕は忘れられない存在となっていただろう。

それからも、僕はずっと彼女を見守ってきた。ほとんど毎日、彼女を遠くから見てあげていた。
それなのに…

人気がでてきた彼女は忙しくなり、それを追う僕も忙しかった。
そんな彼女の仕事がオフだった日に、僕は一人でカフェに座る彼女に近づいた。

「やあ」そう声をかけた僕を彼女はサングラス越しに見て言った。

「あの…どちらさまですか?」

そのときの僕の絶望感は親に捨てられたとき以上だった。
彼女が僕を知らないはずはない。おそらくスキャンダル発覚を恐れた彼女の事務所がそういう対応をするよう指示していることはすぐにわかった。
だが、彼女の言動には、僕に対する配慮が欠けていた。
そういう態度をされた僕がどんなに傷つくかを考えなかったんだろうか?
僕ら二人だけに分かるキーワードを使って、事情を僕に伝える術はあったはずだ。
相手の気持ちを考えられない、他人に配慮ができない奴は最近増えている。
そんな奴らのことを僕はむしろ、うらやましいとまで思っているが…


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