一寸の喪女にも五分の愛嬌を
人の裏に隠れている事は、知らないままの方がいい。真実を知ることが全てではない。
どこかで読んだ本のワンフレーズが頭の中を駆け巡る。
中途半端な時期に、なぜ人事課に異動になったのか。
はっきりとその理由を知った。
気になっていたのに……知りたいと思ったのに……。
――成瀬が……スパイ。
だから私に近づいた。
だから私を利用した。
だから……私にキスをした。
そして最後の最後まで、私には何も言わないまま。
彼は優秀なスパイだ。
あれほど男に対して警戒していた私に、何一つ覚らせないまま情報を探るなんて、その上、勘違いさせて近づくとは、憎らしいほど優秀だ。
フッと笑ってしまった私に、有馬取締役も成瀬も不思議そうな顔を見せる。
自分が馬鹿らしくなってしまったのだ。
すっかりこの男の手のひらの上で踊らされていた惨めな自分に笑いがこみ上げた。
この程度が私の価値。
そして成瀬とは相容れない距離だ。