一寸の喪女にも五分の愛嬌を
 いつまでも怖がって、そうして目の前の相手をちゃんと見ることもできないなんてバカげているじゃないかと、そう自分を叱りたい。


 また傷ついてもいい。成瀬相手ならば、それでもいい。


 二次元の世界にこもっていた私を引っ張り出したのは成瀬だ。

 今、ここで思い切らなければもう二度と誰に対しても心を開くことが出来ないだろう。


 私は真っ直ぐに成瀬を見つめる。

 成瀬も、いつになく真剣な眼差しで私を見下ろしていた。

 彼の頬に当てていた手を引こうとしたけれど、その手を成瀬に掴まれる。

(大きな手……)

 男らしい成瀬の手に包まれた自分の手から、血が沸々とわき上がるのを感じて、そしてそれにつれて心臓が激しく騒ぎ出す。


「……成瀬」


 耐えきれずに名前を呼べば、成瀬は握りしめている手を自分の胸に押し当てた。

 成瀬の胸も、私と同じようにとても高鳴っている。


「先輩……違った。……薫」


 途端に、ドクンと激しく鼓動が跳ねた。


 名前を呼ばれるだけで、こんなにも緊張してしまうなんて、まるで中学生の初恋のようだ。

 みっともないほど顔が熱くなり、耳の中で鼓動がうるさく響く。
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