一寸の喪女にも五分の愛嬌を
「出社、どうしよう……」

 有馬取締役との電話で、退職するのは一度保留にすると約束した以上は行くしかないだろう。

 けれど稲田さんのことや早川さんのこと、それに今更消すこともできないであろう酷い噂のことを考えると、とてつもなく億劫になってしまう。

「ま、退職するにしてもいきなりってワケにはいかないし、行くしかないよね」

 人事課に勤める者として、引き継ぎや手続きを放りっぱなしで退職するなど、とんでもないこととはイヤほど理解しているのだ。

 のろのろと起き上がった私は、成瀬と交代でシャワーに向かった。


 成瀬は一度、自分の部屋に戻り着替えてから出社することになり、私より先に部屋を出て行った。

 見送る時、私は一体どんな顔をしていたのだろうか。

 成瀬はいくらか困ったように眉を下げて笑い、「すぐに会社で会えるから、そんな顔しないでよ」と私を抱き寄せた。

「な、何を言ってるのよ。別に会いたいなんて言ってないでしょう。そんな顔とか失礼なことを言うんじゃないわ」

「はいはい」

「はいは一回でいい!」

 まるで口うるさいオカンのようになっているのを自覚しながら、成瀬をグイグイと押しやり扉から無理矢理に追い出す。
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