一寸の喪女にも五分の愛嬌を
 出社した私を一番に呼び出したのは有馬取締役だった。

 昨日に引き続き、また取締役室に入ることになるとは想定外で、私はやけに緊張してしまう。

「おはようございます。昨日はわざわざお電話を下さりありがとうございます」

「体調はいかがですか?」

「おかげさまで、すっかりよくなりました。ご心配おかけいたしました」

「それはよかった」

 言葉を交わしたのは昨日が初めてだったけれど、どことなく昨日よりはいくらか近寄りがたさが薄らいでいるように感じる。
 それとも最初は尋問のような場所で会ったから、必要以上に厳しそうな印象をだいてしまったのかもしれない。

 今の有馬取締役は、柔和な空気感を醸し出している。

「実は昨日電話でも話した件で呼び出させてもらったんですがね、柴崎さん」

 はい、と返事をした私に視線をピタリと当てた取締役が、一呼吸置いてから言った。

「私の秘書へと異動してもらおうと思っています」

「…………は?」

 一瞬、何を言われたのか理解できず、間抜けなほどポカンとしてしまった。

(秘書? 異動? 何の話?)

 どうにも私が理解をしていないと覚ったらしい有馬取締役が、噛んで砕くようにゆっくりと話し出す。
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