一寸の喪女にも五分の愛嬌を
 そこから二人のやりとりがいくらか続けられたけれど、私の耳はどれもこれも形として認識することができず、気がつけば成瀬によって取締役の部屋を連れ出されていた。

「先輩、大丈夫ですか? 少し休みましょうか」

 成瀬に呼ばれ、のろのろと顔を上げる。

 フッと成瀬が柔らかな笑顔を浮かべた。

(……可愛い)

 不意打ちで見せられるこの笑顔。私の心をいつだって撃ち抜いてくる。

「成瀬……」

「はい?」

「私、結局どうなるの?」

「もちろん俺と一緒に人事課に戻りますよ」

「戻れるの?」

「はい。怜司さんとは話がつきましたよ」


 ニコリと嬉しそうな笑みを浮かべた成瀬に、私は思わず抱きついた。


 役員室の並ぶ廊下には幸い誰もいないけれど、会社の中でこんな大胆なことをするなんて自分でも予想外。けれどそれほど嬉しかったのだ。

「せ、先輩!?」

 慌てる成瀬に抱きついたまま、私は今にも泣きそうになっていた。

「成瀬も一緒なのね? どこにも行かないのね? 一緒に人事に……側にいるのね? 私の側にいてくれるのね?」

 人事に残れることはもちろんだけれど、成瀬のこれからの行き先がどうなるの、それが一番の気がかりだったのだ。
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