一寸の喪女にも五分の愛嬌を
(ちょっと! これ三万円くらいする高級ワインだよ!?)

 思わずゴクリと喉がなる。

 成瀬が手にしているのは『恋人たち』というロマンチックな名前のついたブルゴーニュ。たぶん、三万円以上の値段がついているはずだ。

「あ、あ、あんた……そんなワインとかこの食事とか……」

 狭いテーブルに並べ終えた成瀬に、私は言葉をしばし失う。

 ここが狭いワンルームマンションであることを後悔したくなるほど贅沢な夕食。

 夜景が見えるホテルで最高のサービスを受けながらいただくべきなのに、窓の外は単なる住宅街が広がる残念ロケーションだ。

 それを平然と並べている成瀬に唖然とする。

「あのさ……その盛大なる無駄遣い、私にするべきじゃないでしょう? これだけお金使うなら、彼女とかにしておきなさいよ……もう呆れた」

「無駄遣いじゃないですよ。泊めてもらったお礼ですし、それに俺は先輩のために使いたいんですよ。先輩のためなら全然無駄じゃないですよ」

 この男はしれっとこんなことを言う。


 自分の外見を熟知して言っているのなら、相当の手練れだろう。


 これほどの用意を調え、あなたのために、なんて言われて嬉しくならない女はいない。

 一瞬だけ揺れそうになった心は、以前から飲んでみたいと思っていた高級ワインに対してなんだと、そんなことを胸の中で呟いて、私は両手を肩まであげた。
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