一寸の喪女にも五分の愛嬌を
「指導を担当する柴崎です。よろしくお願いします」

「はい、成瀬です。慣れないことばかりですが、どうぞご指導お願いします」

(これまた男前の好青年が来たことだね。きっと女子社員には今頃すでに情報が回ってるんだろうなぁ)

 一応、一流の上場企業として有名な藤が崎商事に勤める社員の多くは一流大学出のエリートが多い。それを狙う女子社員は、野生の鷹もビックリの素早さで独身男性社員の情報を入手し、拡散する。

 独身男性に特化した情報ならば、そこいらの産業スパイよりもよほど正確で迅速な情報が出回っていることだろう。

 その力を仕事に使ったらどうなの、とすっかり恋愛から遠ざかっている私は思うのだが、できるだけ若く美しい間に婚活をしたい女子にとっては、死活問題のようだ。


 目の前の新入りの社員、成瀬春人は、本当にかっこいい男だった。

 柔らかそうな少し茶色味かかった髪と、背が高いので、一見華奢に見えなくもないが、スポーツをしていたようなしっかりとした腕をしている。整った目鼻立ちと印象良く見せる口元の笑み。育ちの良さが表れている。

(これはモテそうね。あんまり近づかないでいたほうが賢明だね)

 女子社員からの妬みほど面倒くさいものはない。それも本当に恋人ならば妬まれるのも構わないけれど、ちょっと側にいるだけで睨まれたりするタイプの妬みだけはご免被りたい。

 今の私は三次元になど興味はない。二次元、それもスマホの中にしか興味はないのだから、不要な火の粉は被りたくない。

 それに転勤の事情が恋愛沙汰のいざこざなら厄介だ。

「資料を渡しますね。人事課としての流れと、あとは書類関係です。ざっと目を通してもらってわからないところは聞いて下さい。事務関係のことは追々、その都度説明します。遠慮しないでくださいね」

 もう一度ニコッと笑って見せると、相手もニコリとこれまた好感度の高い笑顔を返してくれる。

 その笑顔に私はもう一度誓う。

(うん、絶対に近づかないでいよう)


 それは女子の心を大いにくすぐる神笑顔だった。
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