一寸の喪女にも五分の愛嬌を
 ゴシゴシといつもより力を込めて歯磨きをしつつ、手にしたメモの文字列を見つめていると、なぜか心が浮ついてくる。

(ご飯か……)

 今度はローテーブルにメモを置いてから口をすすぐために洗面台に向かう。

 鏡の中から寝起きの私がこちらを見つめている。

「たまにはいいかな? どう思う?」

 さっきから最後の一文にやけに心が動かされている。

(待っててくださいって……それって、一緒に帰るつもりなの?)


 食事に誘うのは社交辞令かもしれない。


 そつのない成瀬のことだ。用件だけではそっけないと書き加えた社交辞令の可能性はある。

 それに成瀬と一緒にいるところを見られたら、きっと面倒なことになるだろう。

 ただでさえ今、イヤな立場に立たされているのに、これ以上面倒ごとに巻き込まれるのはうんざりする。

 少なくとも、成瀬を狙っている女子社員に本格的に目の敵にされるのは火の目みるより明らかだ。

「やっぱり三次元は面倒の元。ダメだわ」

 私は考え直し、鏡の自分を見つめ、それから自分に背を向けた。

 普段のペースで準備をし終え時計を見て驚く。

「え? まだこんな時間なの?」

 いつもよりずっと早い時間に全て終えてしまっていた。
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