アイボリー~少しだけあなたにふれてもいいですか?
店長に挨拶をして、エプロンを着ける。

そしていつものようにレジの前に座った。

まぶたが重い。

泣きはらしてるせい。

目の周りを中指で押して行く。

以前、薫に教えてもらった目のツボマッサージ。

こうすると、目元の張りがよくなるのよって。

薫・・・。

色んなこと教えてくれた薫。

もう親友じゃなくなっちゃうのかな。

今日の薫は別人だった。

美鈴にあんな冷たい目を向けたことなかった薫。

いやいや、しょうがないんだ。

頬を両手で挟んだ。

「さっきから何やってんの?」

頭上から、拓海の声が振ってきた。

まぶたが腫れてるの見せたくなくて、美鈴は敢えて顔を上げないまま答えた。

「顔面マッサージ。」

「ふぅん。マッサージしたら何か変わる?」

「変わるかもしれない。」

「今日はやめとく?」

そう言われて、思わず顔を上げた。

拓海の寂しげな大きな瞳が私を見ていた。

美鈴は心の中で「どうして?」と言った。

あまりにショックな一言に言葉が出ないってこともあるんだ。

「元気ないみたいだから。」

美鈴の心の声が聞こえたかのようなタイミングで拓海は無表情で言った。

「疲れてる顔してる。また今度にしよう。」

今度?

今度っていつ?

昔から、好きになった人に「今度」って言われて、「今度」があった試しはなかった。

「・・・嫌だ。」

お腹からなんとか声を絞り出す。

「じゃ、笑って。いつもみたいに馬鹿みたいな顔して。」

「馬鹿みたいって!!?」

思わず、身を乗り出した。

拓海は笑いながら、また本棚の向こうへ歩いて行った。

「もう!失礼なやつ!」

拓海の背後に向かって怒鳴った。

途端、全身の緊張がほぐれていくのがわかった。

なんだろ。この感覚。

張り詰めていた不安が、拓海のしょうもない一言でほどけていく。

行きたい。

拓海と二人で今日、どうしても行きたい。

その気持ちだけが、体の奥の方からわき上がってきた。





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