アイボリー~少しだけあなたにふれてもいいですか?
「ありがとう。」

誰にも聞こえない声でつぶやいた。

その日の本屋は結構忙しかった。

新刊が何冊か入っていたし、その日発売の雑誌もあった。

美鈴と拓海は仕事が終わるまで一言も口をきかなかった。

忙しいからなのか、どうなのかはわからないけれど。


「二人ともお疲れさま。今日は忙しかったけどよくやってくれて助かったよ。」

店長はにこやかに拓海の頭と美鈴の頭に交互に触れた。

拓海を触れた手で自分に触れられてるだけで気持ちが高揚した。

拓海に触れてもらったくらいに。

二人で「お疲れさまでした。」と言って、本屋の扉を閉めた。

美鈴はちらっと拓海を見上げた。

拓海も美鈴を見つめていた。

目があった途端、顔が瞬時に沸騰した。

慌てて言葉を探す。

「どこ行く?」

「今日は僕が誘ったから、どこ行くか考えてきた。」

「そうなの?」

こんな無愛想で、感情を表さない拓海が自分と一緒に食べに行く場所を考えてくれたっていうだけで十分だった。

そういえば、奏汰は美鈴が嫌いな食べ物がないかって聞いてくれた。

でも、まさか牛すじを食べに行くなんてことはないはず。

拓海は聞いてこないけど・・・。

「あのさ、私が食べ物で苦手かとかちょっとは気にしてくれてるよね。」

少し不安になっておずおず尋ねてみた。

拓海はまっすぐ前を向いたまま答えた。

「絶対おいしいから。嫌いなものとかそういうの超えたうまさなんだ。」

「へぇ。そうなんだ。」

そこまで断言するなんて。

まぁ、確かなんだろう。

奏汰の配慮は大人の配慮なんだわ。

年齢の違い。

でも、何を食べに行くかわからないのもワクワクして楽しい。

美鈴は、拓海より一歩下がって歩いた。

並ぶと腕と腕が触れそうだったから。




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