アイボリー~少しだけあなたにふれてもいいですか?
アイボリーのシャツを着た人は、大きな旅行バッグを肩からかけて、地図らしきものを広げていた。

そして顔を上げて町を見回す。

その顔は、拓海だった。

思わず、美鈴は両手で口を押さえた。

「拓海・・・。」

走り出すのを必死に止めた。

ずっと会いたかった拓海が、ハルシュタットの町にいる。

信じられない光景だった。

これは夢かもしれない。

でも、夢であってほしくない。

声をかけたいけれど、また拓海の冷たい言葉が蘇ってきた。


・・・君は僕の何者でもない


足が止まる。

その時、拓海が美鈴の方に顔を向けた。

拓海の目が大きく見開かれた。

そして、二人の時間が止まった。

拓海の口がわずかに動いた。

「みすず?」

拓海は鞄を地面に置き、ゆっくりと美鈴の方へ近づいてきた。

美鈴はじっと立っていた。

拓海の方へ行くことができない。

だって、拓海をあれほどに傷つけてしまったんだもの。

でも、どうして拓海がこの場所にいるのかだけがわからなかった。

拓海は美鈴の目の前まで来た。

何か言いたそうな顔をしている。

その時・・・



< 140 / 143 >

この作品をシェア

pagetop