アイボリー~少しだけあなたにふれてもいいですか?
拓海の大きな体が美鈴を包んだ。

アイボリーのシャツが美鈴の鼻に被さる。

拓海の香り。

嘘でしょ?

誰にも触れられなかった拓海が、今美鈴を抱きしめている。

「ごめん。美鈴。」

拓海の押し殺したような苦しい声が美鈴の耳元に響く。

「どうして?」

美鈴は小さな声で言った。

ゆっくりと拓海の体が離れていく。

拓海の目は夕焼けのせいか赤く染まっていた。

「君が預かってきてくれた叔母からの手紙読んだよ。母のお姉さんに当たる人だった。その人が僕に当てた手紙で、自分に会いにくれば母親のことを全部教えてあげるっていう内容だったんだ。」

「そうだったの。」

拓海が目の前にいるだけで、心が震えた。

「叔母は、今ウィーンに住んでるんだ。僕もそれには驚いたよ。君の一番行きたがっていた国、オーストリアだったから。」

「そう。」

美鈴の目はぼんやりと涙でにじんでいた。

「君に言われた通り、僕は今まで母と向き合おうとしていなかった。誰も傷つけたくないっていう勝手な思い込みだけで生きてきてたんだ。だけど、叔母と話をして、母の僕に対する愛をきちんと受け止めたら、すごく身も心も軽くなって・・・」

拓海は少しうつむいて、そしてまた美鈴をまっすぐ見つめた。

「自分の思いに正直に動いたら、ここに来ていたんだ。君が憧れていた場所に。」

そして、またしっかりと美鈴を抱きしめた。

「会いたかった。本当に。」

「私もだよ。もう会えないかと思ってた。」

「まさか、ここで君に会えるなんて、思いもしなかった。」

「あなたのお母さんのお陰だわ。」

美鈴は拓海の背中に腕を回した。

「こんなことされてももう大丈夫なの?」

「いや、正直まだドキドキしてる。」

美鈴は笑った。

拓海も笑っていた。



< 141 / 143 >

この作品をシェア

pagetop