アイボリー~少しだけあなたにふれてもいいですか?
「こないだお前のバイト先にいた奴。」

奏汰は、竹刀を自分の肩の上に真横に渡して、腰を捻りながら、

「えらく男前だね。」

美鈴の方を見ずにそう言った。

皆拓海のことを口を揃えて言う。

「男前だね」って。

だけど、それか彼の一部であって、表面だけであって、彼の本当の心の傷や悲しみを誰も知ろうとしてこなかった。

他人からしたらそれは当然のことなのに、奏汰の言葉がすごく冷ややかに聞こえたような気がして、美鈴は憮然と答えた。

「そうかな。私はあまりそうは思わないけど。」

奏汰は捻った体を正面に向けて美鈴を見た。

「一般的にはなかなかの男前だぞ。」

「一般的っていうのを知らないのでわかんないです。」

奏汰は竹刀を床に置いた。

「えらく不機嫌だな。男前の話しただけで。」

美鈴は奏汰の方に顔を向けた。

少し寂しそうで、困った表情の奏汰を見て我に返る。

「すみません。そんな不機嫌ってわけじゃないんですけど。」

「いや、しょうもないこと言って俺もごめん。」

二人ともそれきり黙った。

広い道場に二人きり。

妙な静けさが広がっている。

奏汰はチラッと壁にかかっている時計を見て言った。

「お前、今日の稽古の後、時間あるか?」

「え?」

外から賑やかな声が近づいてくる。

奏汰の表情は明らかに慌てていた。

「大丈夫ですけど。」

思わず奏汰の焦った顔につられて答える。

「じゃ、終わったら、出たとこのコンビニで待っててくれ。」

「あ、はい。」

動揺する間もなく、がやがやと道場に人が集まりだした。

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