見えない何かと戦う者たちへ

そのころ
屋上で座り込んでいた垣内を探しに
明日香が来ていた。



垣内とソノが教室で話しているかもしれないと
こっそり教室へ行ったら
誰もいなかった。



しかしソノ同様垣内が黒板に書いた字を
見てフッと笑った。

広い黒板の隅に大きく垣内らしい字で
書かれてあるのですぐに誰かわかってしまう。

その字を愛でるように明日香は眺めていた。




――キーンコーンカーンコーン――




チャイムの音で我に返り
手で字を消そうとした。

これくらい小さいスペース、
わざわざ黒板消しもいらないだろう。



そこで明日香は
粉まみれの黒板消しに気がついた。



ソノはこの字を見たはずなのに
消さずに教室を出ていったことになる。

みんなのように
サッと手で消せるわけでもなくあの黒板消しを触ることさえできない。



明日香は手で消した
薄く残るチョーク跡を何度も擦った。

指がどんどん白くなる。



(もう過去のことだし
今更文句言うのもどうかと思うが

それでもなぜ昔の私はソノのことを
もっと見ていなかったのか、
もっとちゃんと覚えていなかったのか)



チョークで白くなった指をギュッと握り
明日香は自分を笑った__。








屋上にたどり着いた彼女は
すぐに声をかけようとしてやめた。

まだソノと垣内が話し合っていたからだ。

内容は聞こえなかったが
少したつとソノは屋上を出ていった。



扉付近に隠れていた明日香に
まったく気づかず彼は走り去った。



今、
垣内は一人だ。

一人で座り込んで
クソッと言いながら頭をかかえていた。






「話、できなかったの?」

なるべく
明るい声で明日香は話しかけた。

垣内は
明日香に目もくれずもう少し待ってくれと言った。






「そんなに大事な話なの?」

「…お前はどう思う?」







質問を質問で返すとはこのことだ。

どう思うもなにも、
何を聞くのかさえわからないのだから
答えられるわけがない。







「…そのは多分美結が好きなんだと思う。
だから俺はそれを応援したいんだ…だけど、」

「えっあっそのこと?
それなら多分じゃなくて確実でしょ?」






垣内は顔をぐわんっと上げた。

お前もそう思うか!とでも
言いた気な瞳で。

明日香は
梅雨の時期にはめずらしい晴れた空を
垣内の瞳越しに見た。






「俺はチャンスだと思うんだ」

「なんの?」

「そのの潔癖症をなおす…」






明日香は
もう一度と垣内の様子をうかがった。

キラキラと顔を輝かせ
自信に満ちあふれている。

だがこぶしを握りしめ俄然やる気のようで
頭は垂れたままで上を向こうとしない。






「…手伝うわよ、私にできることなら」
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