見えない何かと戦う者たちへ
ソノはとりあえず
走っていた。
どこを走っているのか
よくよく考えればわかっていない。
ただずっと走っていた。
たぶん
家の方に向かって走っていると思う。
走っているからか
周りの景色がよく見えていない。
「…ソノ?」
どこからか
ソノを呼ぶ声がしたが彼は止まらなかった。
そのまま
ビシャビシャと音をたてて走った。
(ビシャビシャ?)
「おい、相田その!!!」
突然ソノの目の前に
人影が出てきた。
ちょうどソノも立ち止まった。
「おい、大丈夫か?」
人影は
心配そうに近づいてきたがソノのことを知っているのか
ある程度の距離を保っていた。
同じ学校の制服を着ている。
男子並みの短い黒髪に
少し低めの声。
「…」
見覚えのある顔だった。
いつも美結と一緒にいる懍だった。
ソノはボーッと彼女を見ていた。
なぜか彼女は傘をさしていた。
「おい、聞いてるのか?
ってそれよりどっか雨宿りする場所…
ソノ、こっちにこい」
懍が手招きする少し屋根のある
雨がしのげるだろうところへソノは歩いた。
(…ん、あめ?)
潔癖症であるソノは
雨に濡れることをかなり嫌がる。
だから
雨には敏感なはずなのに今まで気づかなかった。
「大丈夫か?
ビシャビシャだぞ?てかお前鞄は?
何も持ってないのか?」
懍は心配しているが
触れていいのかわからないので
オロオロと質問攻めしていた。
本当は今すぐにでも
鞄の中にあるタオルを貸して
少しでも風邪ひかないようにしてほしいが
他人のタオルを彼が受けとるはずがないなと懍は思い悩んだ。
「…あーと、一応聞くけど
タオル使うか?一応言うけど使ってないぞ?」
あっ日本語おかしいなと思ったが
あえて懍は言い直さなかった。
出したタオルを引っ込めようと
腕を動かしたときその動きに抵抗があることに
気がついた。
ソノが懍のタオルをつかんだのだ。
さすがの懍も驚いた。
潔癖症のソノが
仲のよい垣内の私物さえ触ろうとしない彼が
まさか他人の物に触れるとは思ってもみなかったのだ。
「…えっ
…えっおい大丈夫か?」
一回目の"えっ"はタオルをつかまれたことに関してで
二回目の"えっ"はソノの表情を見てからだ。
ソノはかなり
青ざめた顔をしている。
雨にうたれて寒い
というわけでもなさそうだ。
懍は鞄から予備の折り畳み傘を出した。
「…とりあえず家かえった方がいい。
傘自分ので悪いが使いな。
家こっちだっけ?お前一人じゃ心配だな…
垣内でも呼ぶか?」
ソノは垣内という言葉のところだけ
反応を示した。
あとは特にうなずきもしなかった。
「…あーまぁ仕方ないか
途中まで送るよ」
懍は傘をもう一度開いて
雨宿りしていた場所から出た。
ついてくるのか心配になって少しだけ
振り返ると黙って傘を開きついてくる様子が見えた。