見えない何かと戦う者たちへ
「…覚えてない」
ソノは
手袋のない右手を開いたり閉じたりして
ずっと眺めている。
まるで
自分のものだと確認するかのように
ゆっくりゆっくりと動かしていた。
「覚えてないって…
ここは3次元だぞ!?
さすがに昨日の自分の行動くらいまだ若いんだし
覚えてるだろ?」
なぜか、懍は必死だった。
夜になり雨もだいぶひどくなってきた。
周りにいる人の数も減ってきて
立ち止まる彼らを邪魔者扱いする者はいなかった。
「…覚えてない
…………ただ、あのとき右手から温もりを感じたんだ
…なんか、暖かくて…初めての感覚で…」
たどたどしい日本語だなっ
と懍は思った。
覚えたての言葉をなんとか
伝えようとする子どもみたいだ。
ソノは左手で傘を持ち
右手を顔の前にもってきてじっと見つめていた。
きっと
美結に触れたのは右手なのだろう。
「…初めての、感覚って。
親とかと小さいころに
手を繋いだのとは違うってことか?」
「…お、や?て、つなぐ?」
いきなり顔を上げたソノと目が合った。
無駄に顔が整っているので
懍はなんだか恥ずかしくなった。
いや、
なぜか申し訳なくなった。
「お前だって親はいるだろ?
あっもしかして離婚とかしてたか?
…すまん、私無神経な発言をしたな。」
「あっいや、そうじゃなくてさぁ…」
「ん?じゃあなんだ?」
懍はただ不思議に思った。
首をかしげ
傘をさしたままうまく腕組みをしてみせた。
「…おや?っていうのか?
…それがわからないんだ。」
「わからないって、家は?」
「一人で小さいアパートに住んでる…」
「じゃあ、その前は?」
「…覚えてない」
そこで
二人の会話はストップした。
懍が絶句したのだ。
ソノは答えられないことに
申し訳なくなり下を向いた。
実は美結だけではなく
ソノと話すようになってから懍も
潔癖症について調べたことがある。
調べたことを思い出した懍はとっさに
何かを口に出そうとして引っ込めた。
その結果
絶句したような状態になった。
(…ソノは、もしかして)