桜吹雪が舞う頃に
 ***


 九条君、優しいなあ。聞く気満々だったのに話途中で諦めてる。
 しかも当然のように送ってくれてる。昨日も送っての一言で家までしかもぐるぐる回ってるのに。

 掲示板には彼の悪口ばかりだった。だが内容はほとんど妬みばかり。
 掲示板の内容を要約すると、九条君は、モテて勉強も出来て運動も出来る。ただ、人当たりは悪くぶっきらぼうで人付き合いが下手ということになる。実際、昨日彼と会って、やっぱりあの掲示板には悪意と策略があると確信した。彼がイジメられる人間には思えなかった。

 ああ、変な具合になってしまった。付き合ってるって話になっちゃってこの先どうすればいいんだろう?
 とりあえず直人の事が言われる前に先手を打ったし……。

 もう家まで着いちゃった。普通の会話あんまりしてないなー。

「ここで大丈夫。ありがとう」
「あ、うん」
「じゃあ、また明日」
「あ。ああ、明日」

 九条君ちょっと含み笑い。昨日と一緒でも、昨日は『明日』の意味がわからなかったから。
 家の中に入る。手を見る。大丈夫。今日からは大丈夫。


 朝、家を出て驚く。

「お、おはよう。九条君」
「おはよう」

 当然の如く九条君はそこにいる。あ、あれ直人は? 見回す私を見て九条君が言う。

「直人には昨日言っといたよ。俺と学校行くって。あいつも大学だろ?」
「そうなのよねー。朝から危ないことなんかないって言っても聞いてくれなくて良かった」

 直人にはいつも心配をかけてる悪いと思いつつその時にはどうしようもなくて、つい甘えてしまう。


  ***


 朝から登校か。久しぶりだな。相変わらず靴箱開ける時は警戒してしまう。
 あれ? なんか加賀野遅いな。

「ごめんね。行こ!」


 教室の外からもわかる。何か変だ。嫌に静かなんだ。昨日の今日だからじゃない。昨日も微妙な空気だったが、こんなにも変な感じではなかった。

「ねえ。私なら大丈夫だからね」

 と加賀野は俺に笑顔を見せつつ鞄を開けて中で何かしている。

「どういうこと? これもお前の策略?」
「違うよ。だけど、売られたら買うしかないでしょ!」
「な、どういうこと?」

 と加賀野は教室の扉を開けて中に入る。俺もすぐ後に続く。

「おい、嘘だろ? だれ……」

 俺の言葉を加賀野が遮る。

「いいの」

 と、加賀野はつかつかと歩いて行き、携帯を鞄から取り出して加賀野の机ではなく、内山の前の子の机に置き、内山の両腕をつかんで手を上げた。

「お願い写真撮って」

 加賀野は前の子に頼んでいる。

「あ、ああ。うん」

 前の席の子は加賀野の行動に驚き思わず写真を撮ったみたいだ。内山も驚いて動かなかった。

「な、なにするのよ!」
「ありがとう」

 と内山の言葉には全く反応せず、お礼言って携帯を受け取る。

「うん。バッチリとれてる」
「だから、何してるのよ!」

 なんか内山昨日と今日で印象変わったな。悪い意味で。

「何って証拠写真。あ、これもね」

 と今度は自分で黒板を撮る。

「証拠って何? 何なのよ?」
「あのさあ。黒板に書かれてることが例え事実でも、事実でなくても、これって名誉毀損なわけよ。で、これは事実じゃない。私は五人の男子に襲われたけど、未遂で終わった。だから、あの文句は正確ではない。私の前行ってた学校の体育館でクラブをしてる子に聞けばいい、私はそこに逃げ込んで、襲った男子は服装の乱れもなく体育倉庫とそのそばにころがっていたんだから。誰もが知ってる未遂事件だし。彼らはみんな退学になったし」
「だから、証拠って……あ」

 内山は自分の服の袖を見る。ここからでもわかる。冬服なんでチョークの粉が着くと目立つ。

「そう、あなたが書いたっていう証拠。カラフルに書いてるんで、後ろの黒板を書いたなんて言い訳は通用しないしね。まさか昨日とかは言わないよね?」

 さすがに昨日のは消えるだろう。

「それで、二股もしてないから。この事件のせいで学校に行けなくなった私を知り合いの大学生が毎朝送ってくれてた。それを間違われたんだ思うけど。なのでアバズレとか言われてもねえ。あ、でも、内山さんには残念、九条君とは付き合ってるから」
「昨日……」
「そう昨日ね」

 内山はどう出てくるんだろう。これで終わりにしたい。この黒板消してしまいたい。加賀野は頑張ってるけど一杯一杯だ。きっと。

「だから、なに? 訴えるの? 何よ、いきなり転校してきて、付き合うとか。未遂ってどうやったら五人の男子から逃げられるのよ!」

 あーもー内山ついに爆発だ。

「逃げれるよ。ていうか、叩きのめせるぜ。加賀野なら。五人ぐらいなら軽くのたうち回らせる」

 見かねて俺は言葉をはさむ。ってか、五人かよ。

「なっ!」
「私、剣道も護身術も習ってたのよ。体育倉庫にね、ほうきがあったのよね。もう、楽勝。最初の二人はさっき言った体育倉庫の外で投げ飛ばしたしね。でもね、内山さん。問題はそこじゃない」
「は?」
「言ったでしょ? 例えって。襲われて未遂か未遂じゃないかじゃない。同じ女なのに事実だと思ってるなら余計にああいう言葉出てこないと思うんだけど。そして事実無根でも。つまり、黒板に大きく私を傷つける言葉を書いた事が問題なんだけど」

 内山は突然、黒板に走りより、俺をチラッと見て、黒板を勢いよく消し始めた。俺たちはクラス全員黙って内山を見ていた。
 消し終わった内山は驚きの発言をした。

「これでいいでしょ? 消えたんだから。文句ないでしょ?」
「あなたが書いた私への誹謗中傷は消せばなくなるの?」

 内山は黒板を叩いた。

「ほら? 消えてるじゃない! 私が書いたけど消したんだからいいじゃない」

 いったいどんな歪んだ精神してるんだよ。
 加賀野は息を吐く。だよね、なんと言えばこいつはわかるんだよ。

「あのね、んー。黒板は消えたけど、このクラスの全員の頭には残ってる。消しても消せない。あなたにできることはもっと他にあるんじゃない?」
「なによ!」

 と言い捨てて内山は帰って行った。おいおい、また逃げるのかよ。内山にいい加減うんざりする。

「あいつ最低だな」

 ボソッと中谷が言う。が、俺の顔見て

「俺が言える立場じゃないけど」

 とつけたした。

「私ちょっと帰るね。気分悪いし」

 加賀野、本当に気分悪そうだ。

「俺もついてこうか?」

 俺は思わずそう言っていた。
 加賀野は笑いながら答える。

「いいよ。子供じゃないんだし。それにこれ以上休むの良くないよ」

 お前もだろ? ずっと休んでいたのに。でも、顔色悪い加賀野には言えない。

「じゃあ、気をつけて帰れよ」
「うん。じゃあね」

 教室を加賀野も出て行った。

「加賀野さん大丈夫かな?」
「あれはないよね」

 女子がコソコソと話はじめた。俺は自分の席につく。そうだな、あれはない。アバズレだの二股なんてかわいいもんじゃない。『五人の男子に………』思い出すのも気分が悪い。本当にあれはない。
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