桜吹雪が舞う頃に
 ***


 ふー。やっぱりバレてたか。二個目の携帯を取り出し、録音を止める。そして電話する。

「あ、若菜です。すみません。ちょっと学校でトラブルに。来てもらえたら……ありがとうございます。じゃあ、校長室にいると思うので。あと、写真と録音してたのを送ります」

 やっぱり大人でないとね。さすがにさっきのは問題だよね。


 私は校長室で待たされる。私の事情は転入する時に学校側には話していた。トラブルの時用に一応。あとは引っ越しでもないのに転入試験受ける理由がいるし。
 あの時の校長の誇らしげな顔。一応この辺で一番の進学校からそんな理由で転入してきたとか思ったんだろうな。自分の学校の抱えてる問題に気づかずに。さっき校長先生には黒板の写真と内山さんの写真を見せて、全ての会話の録音を聞かせた。すっかりしょげかえってと思いきや、開き直ろうとしたんで、保護者代わりの人が来るので話はそれからと言って黙っている。校長も諦めて前に座っている。
 ああ、やっぱりやめようかな、でもなー、と迷ってたら、ノックの音。

「はい」
「加賀野さんの保護者の方が来られました」
「入ってもらって」

 あら、保護者って名乗ったんだ。もう決めたのかな?
 またノックの音。

「はい。お入りください」

 ドアが開いて、って飛んで来た! ちょっとビックリした。

「若菜ちゃん大丈夫なの」

 ああ、もう隣に座って私の手を取ってる。ごめんなさい。あんなの送りつけたから。思っていたより来るのがずっと早かったし、相当慌てさせたかも。

「うん。大丈夫、紫苑さん。ただ、一人では話出来ないと思って」
「それはそうよ。こんなこと! いったいどういう学校なんですか?」

 紫苑さんの怒りの矛先は校長へ向かう。はあ、ホッとした。

「いえ、お母さん。そんなに、まあ、あの落ち着いて」
「母親ではありません。弁護士です!」

 そう。紫苑さん。佐々木紫苑さんは弁護士さんです。

「え……弁護士さん? いや、あの、これは……学校内の出来事ですし……」

 校長は相当慌ててる。まあ、弁護士が来るとは思わないよね。ただ紫苑さんは本当に母親代りではあるんだけど。前の時も法的手段をとろうとして父に諦めるように説得されないと納得しないぐらいに怒ってくれた。
 それで、これだ。怒って来るのは予想してたけど、他に頼れる人がいないから。まあ、いるんだけど……九条弁護士が、でも全ての事情を知ったら気にするだろうからね。それにしても、紫苑さんめっちゃ怒ってる。

「学校では法律は通用しないと?」
「いえ、そういうわけでは。ただ、お互い学生ですし、加賀野さんがあおっているところもありますし……」

 ここまで聞いて言い終わるの待ってられない。そうよ! なんで私も悪いみたいになるのよ!

「若菜ちゃんが悪いと? これは若菜ちゃんが言っている通り名誉毀損です。しかも、事実ではないことを書いてます。卑猥な言い回しで!」

 確かに卑猥な言い回し。教室に入る時にだいたいの予想はしていた。内山さんに反感を買ってること。そして、三年の秋に転入して来たこと。しかも引っ越しせずに。少し調べたらバレるだろうとは思ってたけど、早かった。そして、酷かった。
 ここまでする気はなかったんだけど、このまま何もなかったかのように机並べて勉強なんてさすがに無理だよ。

「ああと。内山さんは?」

 私に聞きくの? この校長は!

「帰りました録音の通り」
「あ、ああ。そうだったね。じゃあ、ええと。内山さんと内山さんの保護者の方に連絡をとるんで、あ、その、少しお待ち下さい」

 そそくさと校長室から校長先生は出て行った。

「若菜ちゃん本当に大丈夫? 私だけで話をしようか? 直人迎えに来させるし」
「紫苑さん。直人は大学でしょ? それに、直人と登校してたから、二股とか書かれたんだし」
「ねえ、あの九条さんとこの岳君とって話は?」
「ああ、なんかそういう話になって。まあ、それでこの子逆上したんですけど。私が彼女の仮面はいで、さらに片思いしてた九条君を取っちゃった形になったんで」

 あ、なんかこう言ってたら、うーん、彼女気持ち……いや、わかんないや。ていうか彼女が酷いことを九条君にしてたんだし。やっぱり同情する気にはなれないや。

「そう。岳君なら大丈夫ね。そう。良かった」
「あ、もう引きずってないですからね! 何年前の話ですか! 中学生の頃の話を持ってこないでください」
「ふふ、そうよね。中学生だったものね。直人も若菜ちゃんも」

 なんか懐かしいものを見る目になってる紫苑さん。それにしても校長先生遅いな。連絡ぐらいはつくでしょ、もう。

「ねえ、紫苑さん。これって着地点は? まさか本当に訴えたりはしないですよね」
「当たり前でしょ。若菜ちゃんの方が傷つくもの。停学ぐらいの罰則が妥当でしょうね」
「ですよね」
「大丈夫なの? この先ここでやっていける?」

 うーん。でも、どこに行っても同じなら九条君という味方がいるここの方がいい。ただ、内山さんとか……これは嫌だけど、気にしないでおこう。

「うーん。大丈夫。だと思う」
「そう。あと半年だものね」
「ええ」

 それにしても校長遅いなあ。気分悪いし先に帰ろうかな。どうせ紫苑さんが話を進めるし。
 と、ノック音。
 校長先生と担任の先生が現れた。あ、担任見て思い出した。この人イジメを完全に無視してたよなーと思った連想で思い出した。

「あ、これ!」

 携帯取り出し紫苑さんに見せる。私の上靴に今朝画鋲が仕込まれていたのを撮影したものだった。誰の仕業かは一目瞭然だった。人は同じことを繰り返す。

「え? これ聞いてないわよ!」
「うん。今思い出したの。今朝こうなってて。あ、はがしたのはこれ」

 とテープに画鋲を突き刺しているのを校長室のテーブルに出す。合計6個。地味だけど、気づかないで上靴を履いてしまいそうな個数。つまり本当の悪意がそこには見える。
 山盛りの画鋲は精神的にはこたえるけど、実際に刺さりはしない。一目瞭然だから、そのまま履きはしない。だけど、これは違う。刺す気満々。

「大丈夫だったの?」
「ああ、うん。予想してたから、中見て履いたから」
「予想って彼女がするだろうと?」
「そう」
「あの、ええと、いいですかな?」

 校長の歯切れの悪い話がはじまった。ようは誰とも連絡取れないって話だった。

「もう、いいです。話になりません。若菜ちゃんの具合も悪いので、失礼します。これ」

 紫苑さんの怒りながら、私の肩を抱く形で立ち上がって校長に名刺を渡してる。

「連絡がついたら、ここに連絡ください。では失礼します」

 怒りながら私を抱えて帰る紫苑さん。ごめんなさい。また迷惑事を。
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